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退職後に判明した「会社の安全網」としての役割
彼女の退職から2か月後、新しい担当者から「適応障害で休職している社員と連絡が取れず、今どんな状態なのか把握できません」という報告を受けた。
Aさんが担っていたのは、単なる連絡業務ではなかった。休職者の変化に気づき、リスクの高い社員に早めに声をかけ、必要な支援につなげるという、会社の安全網そのものだったのである。
「Aさんに任せきりだったので、私たちには状況がわからないのです」
残った人事担当者のその一言が、Aさんの仕事の大きさを物語っていた。
経営陣が評価したのは、健康診断の手配や事務処理のような、目に見える業務だった。一方で、人の心の変化に気づき、休職を防ぎ、社員を支えるという仕事は数字になりにくく、「利益を生まない業務」とみなされた。
Aさんがしていたことは、
・休職者に電話をする
・「最近どうですか」と声をかける
・長時間労働者の表情を気にする
・「一度産業医に相談しませんか」と背中を押す
・医師と本人との橋渡しをする
どれも数値化しにくい仕事である。
臨床ではこうした一つひとつの積み重ねが、休職や自殺、離職を防いでいる。
人を支える仕事の成果は「何も起きなかったこと」
つまり、成果は「何も起きなかったこと」なのだ。
ところがAIや経営の評価軸は、「売り上げがいくら増えた」「何件処理した」「コストをいくら削減した」という、目に見えるアウトカムを求めている。ここのギャップに問題がある。
人を支える仕事の成果は、「問題が起きなかったこと」として現れる。その価値は数字では測りにくい。
もしAIが、このような目に見える成果だけを学習し、人事評価を行うようになればどうなるだろう。数字にならない仕事ほど低く評価され、人を支える役割は組織から消えていくかもしれない。
問題なのはAIではない。何を「価値ある仕事」と定義し、何を評価の指標にするかである。その基準を決めるのは、今もこれからも人間なのである。
もし会社が、
・高ストレス者への声かけ件数
・産業医面談につながった人数
・復職後6か月定着率
・「相談しやすい」と感じる社員の割合
といった指標でも評価していたら、Aさんは「利益を生まない人」ではなく、「会社を支える人」として評価されていたかもしれない。
大事なのは経営トップの姿勢や資質とも言える。
著者:海原純子(心療内科医・産業医)
東京慈恵会医科大学卒業。同大講師、日本医科大学医学教育センター特任教授、ハーバード大学大学院客員研究員などを歴任。1986年に日本初の女性クリニックを開設し、復興庁「心の健康サポート事業」統括責任者も務めた。読売新聞「人生案内」回答者、毎日新聞「心のサプリ」連載中。
著者:ラスカウスキー照美(ITコンサルタント・トレーナー)
ペンシルベニア大学ウォートンスクールMBA修了。米国陸軍、Goldman Sachs、Symantecなどを経て独立。情報セキュリティの国際資格CISSP・CCSPを持ち、セキュリティ・クラウド・AI分野の企業研修や技術書の執筆を行う。



