1年前倒しで刷新された防衛戦略の裏側
2013年の次は5年後の2018年に新たな防衛大綱と中期防衛力整備計画が策定されました。そして4年後の2022年に“戦略3文書”が策定されたのです。これは安全保障環境が極めて悪化したことを受けたもので、防衛費を増やして安全保障の態勢を抜本的に見直しをする必要があるという判断で、1年繰り上げて戦略の見直しを実施したわけです。
さらにこのとき、防衛大綱と中期防衛力整備計画という2本立てから、2013年に初めて策定した国家安全保障戦略を約10年振りに見直した上で、防衛大綱を「国家防衛戦略」に名称を変更しました。
そして中期防衛力整備計画を「防衛力整備計画」に改め、“戦略3文書”というかたちにしたのです。
予測不能な世界と自衛隊のリアル
節目節目で防衛大綱は見直されています。1976年の最初の防衛大綱は、冷戦を前提とした防衛大綱で、基盤的防衛力構想という防衛構想が示されました。
1995年には、冷戦後の世界に向けた自衛隊をどうするかという問題意識で、2度目の防衛大綱が作成されます。
というのも、1993年から自衛隊がPKO(国連平和維持活動)に参加することとなり、さらに1993〜1994年にかけて最初の北朝鮮の核危機が起こるなど、日本の安全保障環境、自衛隊を取り巻く環境が目まぐるしく変化していったからです。
そのため、大綱のキーワードは「不透明・不確実」となりました。基盤的防衛力構想は維持され、大綱巻末の別表も、冷戦後も基本的に自衛隊の兵力構成は維持されたかたちになりました。
基盤的防衛力構想自体は冷戦期に作られたものですが、1995年の防衛大綱で冷戦後バージョンの基盤的防衛力が形作られたと言えます。
以後、時代の不確実性を証明するように2001年にアメリカで同時多発テロが起こったのを受け、自衛隊がインド洋で多国籍軍に給油し、イラク戦争が始まり、陸上自衛隊がイラクに派遣されるようになりました。
自衛隊がインド洋やイラクで活動するなど、2001年9月10日までは誰も考えたことがなかったはずです。まったく予想外の未来が待ちかまえていたのです。
そうした現実世界を直視しながら、防衛大綱は積み重ねられてきたのです。こうした動きは、その後も続きます。 この書籍の執筆者:高橋杉雄 プロフィール
防衛省のシンクタンクである防衛研究所防衛政策研究室長。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。専門は国際安全保障、現代軍事戦略論、核抑止論、日米関係論。日本の防衛政策を中心に研究・発信する、我が国きっての第一人者。ウクライナ戦争勃発以降、テレビをはじめとした様々なメディアで日々解説を行っている。著書に『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)など。



