7:「分断からの選択」に絡む「対比」の描写
今回の後編『永遠の約束』の物語で特に重要なのは、「善い魔女」となったグリンダと、「悪い魔女」となったエルファバがそれぞれ「分断からの選択」を迫られることと、それに至るまでの残酷なまでの「対比」でしょう。グリンダは希望の象徴として名声と人気を手にするも、ほとんど「祭り上げられている」「為政者に人気を利用されている」という立場。そのことをグリンダは半ば気づいており、さらに親友であったエルファバとの決別が、暗い影を落とすことになります。 一方で、エルファバは言葉を奪われた動物たちの自由のために、ほぼ「孤独」のままで戦うことを決意しています。そのエルファバが中盤でおぞましい真相が明らかになる「ある場所」を歩くシーンも含めて、グリンダの「きらびやかな道を進んでいるように見えるが、実際には彼女は真実から切り離されている」立場と、目に見える形で正反対になっているのです。 さらには、2人はフィエロという護衛隊の隊長を巡っても対立をしてしまいます。「男性を取り合う」と書くと物語が矮小化されたような印象もありますが、実際の劇中でもその様をこっけいに描く場面があり、2人の仲違いそのものが「悲しくもおかしい」というバランスで示されてもいるのです。
だからこそ、固唾を飲んで2人の行く末を追ってしまう内容とも言えますし、その「確定した結末だけが真実ではない」物語こそを、楽しみにしてほしいです。
8:「差別と迫害」を描いた物語だからこそ
映画『ウィキッド』2部作を続けて見ると、人類史にある「差別と迫害」の問題をはっきり描いていることが、より伝わるでしょう。前編から、車いすの女性(エルファバの妹のネッサローズ)や多様な人種が住まうオズという場所は、多様性があるように見える一方、ヤギの教授が文字通りに「スケープゴート」にされるなど、言葉を話す動物たちが政治的に排斥されてしまいます。それは、これまで世界中にあった人種差別や迫害、さらには日本にはびこる排外主義の価値観にも当てはまっています。
その差別や偏見や排外主義に「反抗」することが、いかに難しいかも丹念に描かれています。一方で安易にその価値観に「迎合」することもしません。そして、己の価値観と周りの状況との板挟みになるグリンダとエルファバが、それぞれの葛藤を経ての行動と、「結末のその先」に待ち受けけていたことに、筆者は涙を禁じ得ませんでした。
この記事の執筆者:
ヒナタカ
映画 ガイド
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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