5:完全に「あわせて作られた2部作」だった
ハリウッドの大作映画は言うまでもなく莫大な予算がかかるため、「1作目が大ヒットしてようやく続編にゴーサインが出る」というステップを踏むことがほとんど。しかしながら、今回の『ウィキッド』は「2部作が同時に作られた」作品です。壮大なセットは2部作に渡って最大限に活用され、全スタッフは当然2本分の仕事を並行して進めていましたし、もちろん脚本も2部作が同時進行で執筆されています。
さらに、ジョン・M・チュウ監督は「前編の『ふたりの魔女』は、後編の『永遠の約束』に向かって感情を積み上げていくための映画だった」とも語っています。前編だけでも大いに盛り上がった要素それぞれに「決着をつける」ような印象もまた、必ず前編を先に見てほしい理由になっています。
6:新たな2つの楽曲の意図
ジョン・M・チュウ監督は「前後編に分けると決めた時点で、『永遠の約束』に追加の要素を入れる必要があるのは明らかでした。そうしないと、このふたりの女性の物語や再び繋がるための苦難を、完全には伝えきれないからです」と語っています。それは後述する「分断からの選択」に絡む物語の広がりのほか、音楽の面でも元のミュージカルからの「プラスα」がありました。
そして、前編『ふたりの魔女』でも感じていた、「歌われていることと本人が抱えている感情が違う」という、ミュージカル作品ならではのアンビバレンス(1つの事象に対して相反する感情や態度を同時に抱くこと)が、今回の後編『永遠の約束』ではさらに際立っていました。
例えば、グリンダが後述するように「これまでとは違う生き方」を選んだこと、もっといえば真相から隔離されている様、さらには破裂してしまいそうな感情が「ザ・ガール・イン・ザ・バブル」、つまりは「シャボン玉の中にいる少女」という、表向きには明るく思える楽曲でこそ示されている、という見方ができます。 一方でエルファバが歌う「ノー・プレイス・ライク・ホーム」、つまりは「家より良い場所はない」という歌は、彼女が「いかに元々いたオズという場所を愛しているか」を示した楽曲といえます。彼女は幼少期からオズという場所で差別を受けており、決して良い思い出ばかりではなかったはずなのに、「それでも」と「故郷を良くしたい」気持ちが表れているのです。 さらに、元のミュージカルからあった「ワンダフル」の楽曲では、歌唱にグリンダが加わったことで、いくつかの歌詞が追加されていて、それらは前編のラストでエルファバが歌った「デファイング・グラビティ」への「受け答え」になっているところもあるそうです。 それぞれの歌詞を照らし合わせながら、見てみるのも一興でしょう。



