ヒナタカの雑食系映画論 第189回

バカリズム脚本の映画『ベートーヴェン捏造』を見る前に知りたい5つのこと。日本人でも違和感がないワケ

映画『ベートーヴェン捏造』が偉大な音楽家を卑近な存在として描くコメディーとしても、「狂気と愛」を描くサスペンスドラマとしても、すこぶる面白い作品でした! この「実話」を描くにあたってどのようなアプローチがされたのかを解説しましょう。(画像出典:(C) 2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates and Shochiku Co., Ltd.)

3:実は海外ロケではない!? 無理に西欧人に寄せない衣装作りも

一見すると大規模な海外ロケ撮影が行われているように思えますが、実際はヨーロッパには行かず、都内スタジオでほとんどの撮影が行われていたそうです。

そこで使われたのは「バーチャルプロダクション」。大型LEDディスプレイに背景3DCGを表示し、その前で被写体を撮影するという手法で、19世紀のウィーンの世界を再現しているように見せているのですが、これが「本物」にしか見えないというのが驚きです。
ベートーヴェン
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さらに、衣装はきゃりーぱみゅぱみゅや椎名林檎も担当するスタイリストの飯嶋久美子が手掛けており、それぞれの衣装は「無理に西欧人に寄せることはせず、演者本人の延長上にあるイメージ」で発想されているのだとか。構造だけでなく、見た目でもしっかり「日本人が演じても違和感ナシ」に仕上げていることもまた秀逸なのです。

4:共感を“呼んでしまう”物語と、山田裕貴と染谷将太の「対決」

本作のあらすじは、しがないヴァイオリニストだったシンドラー(山田裕貴)が、少年時代から憧れている音楽家・ベートーヴェン(古田新太)の秘書となり忠実に働くものの、その生真面目すぎる性格が次第にベートーヴェンから煙たがられるようになってしまう、というもの。
ベートーヴェン
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「献身的に尽くしているのに(だからこそ)嫌われる」という関係性が悲しくもあり、同時にコメディーになっているわけですが、その後には良い意味で笑えない、深刻な出来事も待ち構えています

例えば、ベートーヴェンの甥・カール(前田旺志郎)の身に起こる出来事や、シンドラー自身が秘書の仕事を解任されたこと、後任の秘書・ホルツ(神尾楓珠)との確執、何よりベートーヴェン本人の死去……シンドラーは立て続けに「向き合いたくない現実」に遭遇してしまうのです。
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そして、なまじベートーヴェンへの「愛」が強いシンドラーは、出会った時の第一印象では「下品で小汚いおじさん」だったベートーヴェン本人とその周りに起こった「嫌な出来事」をも、「聖なる天才音楽家」かつ「美談」という「嘘」へと仕立ててゆくのです。

そこに至るまでの心理は「間違っているけど気持ちは分かる」と、共感を呼んで「しまう」ものなのではないでしょうか。
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シンドラーの嘘がどのように暴かれるのか(または隠ぺいされるのか)がまた見どころというわけです。各所で『ベートーヴェン伝』の執筆へ関わる動きも興味深く見られますし、中でも「決定的」なのは、ジャーナリストのアレクサンダー・ウィーロック・セイヤー(染谷将太)の言動です。
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年を重ねたシンドラーと、その著者のファンでもあったセイヤーが初めて会った時は穏やかな関係でしたが、その後の2人の関係は一触即発の空気に満ちていきます。これまでのゆるい会話劇とは変わり、山田裕貴と染谷将太という俳優たちの熱のこもった「対決」もまた見どころと言えるでしょう。

ちなみに、1822年にベートーヴェンと初めて出会った時のシンドラーは27歳であり、セイヤーと最初に出会った時には59歳になっています。それほどの時代の流れと、シンドラーが年を重ねていたことを念頭に置くと、より彼の「業」が分かって、恐ろしくも哀しく感じられるのではないでしょうか。複雑な感情が混ざり合ったような表情を見せる、山田裕貴の表現力にも改めて圧倒されました。
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現代でも決して他人事ではない問題
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