ヒナタカの雑食系映画論 第189回

バカリズム脚本の映画『ベートーヴェン捏造』を見る前に知りたい5つのこと。日本人でも違和感がないワケ

映画『ベートーヴェン捏造』が偉大な音楽家を卑近な存在として描くコメディーとしても、「狂気と愛」を描くサスペンスドラマとしても、すこぶる面白い作品でした! この「実話」を描くにあたってどのようなアプローチがされたのかを解説しましょう。(画像出典:(C) 2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates and Shochiku Co., Ltd.)

ベートーヴェン
『ベートーヴェン捏造』 9月12日(金)全国公開 配給:松竹 (C) 2025 Amazon Content Services LLC or its Affiliates and Shochiku Co., Ltd.
9月12日より歴史ノンフィクション書籍を実写映画化した『ベートーヴェン捏造』が劇場公開中です。

結論から申し上げれば、本作はクスクス笑えるコメディーとしても、時にはゾクッともできるサスペンスドラマとしても、超面白い! ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのことをほとんど知らなくても、いや、そうであればこそ「そうだったの!?」という実話(はたまた「嘘」)に驚けるでしょう。
何より、実在したベートーヴェンの秘書であるアントン・シンドラーの「狂気と愛」に満ちたドラマはすこぶる興味を引くものです。では、魅力や特徴を解説しましょう。
ベートーヴェン捏造: 名プロデューサーは嘘をつく (河出文庫 か 43-1)
ベートーヴェン捏造: 名プロデューサーは嘘をつく (河出文庫 か 43-1)

1:「現代日本の中学生が先生の話から想像する話」だった

ビジュアルのパッと見で、「日本人がベートーヴェンをはじめとした海外の人を演じるのは無理があるのでは?」と思った人もいるのではないでしょうか。それは当然の意見です。
例えば舞台作品では、観客のリアリティーラインが少し下がるため、「現実離れした見た目も許容できる土台」があります。一方で実写映画では「本当にこの世界にこの人が生きている」という「信じられる世界」の構築が必要なため、(コメディー作品ではやや許容範囲は広がるとはいえ)いわゆるコスプレ感や、キャラクターのイメージとキャスティングの齟齬(そご)が批判されがちなのです。

しかしながら、この『ベートーヴェン捏造』では「これなら日本人が演じてもいい」と、すんなりと飲み込める作りになっています。なぜなら、映画冒頭で「現代日本の中学生が音楽教師の話から“19世紀のウィーン”を想像する」という構造が明かされているから。
ベートーヴェン
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冒頭の現代パートでは、山田裕貴、古田新太、染谷将太という俳優陣が「学校の先生」として登場しているので、「なるほど、先生から語られる登場人物を、中学生が身近な人に置き換えて想像しているんだな」と納得できますし、それらがしっかり実写映画ならではの「信じられる世界」の構築に結びついており、後述する「ゆるさ」を含む親しみやすさにつながっているのです。

加えて、「え!? この人がこの人を!?」と驚く豪華なキャスティングと意外なハマりっぷりも含めて、楽しめるでしょう。

2:バカリズム脚本らしい「ゆるい会話劇」「心の声ダダ漏れ」が楽しい

特筆すべきは、お笑い芸人として確固たる地位を築きながらも、『架空OL日記』や『殺意の道程』などのドラマでも高い評価を得るバカリズムが脚本を担当していることです。
その作家性が最も生かされているのは「ゆるい会話劇」でしょう。例えば「ヤバい」「キモッ」「ギャップに逆に感動」といった現代的な言葉も当たり前のように使われますし、「お前オレのこと大好きか!」といったツッコミはまるでコントのようです。

それもまた、現代の中学生の想像(その話を伝える音楽教師)らしい語り口だと納得できますし、何より「庶民的」または「くだけた」印象のキャラが掛け合うコメディーとして楽しく見られるのです。
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実は、原作のノンフィクション本でも、「イケメン」「チャラい」「ざまあみろ。バーカバーカ」といった、度を超えたフランクな言い回しが登場します。今作のゆるい会話劇は、原作のテイストにも、バカリズムの資質にもバッチリ合っていたと言えるでしょう。

さらに、会話劇のみならず「モノローグ」がとても多く、「心の声ダダ漏れ」もまた楽しく仕上がっています。

これには、関和亮監督の「事実に基づいた描写は盛らずに、シンドラーの心の声や行動でおかしみを」という意図も込められているそう。絵面としては普通であっても、「(ベートーヴェンの握手が)少しニュルっとしていたけど」といった「本当は言っちゃいけないことが観客にだけ聞こえる」ために笑える、というバランスになっていました。
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ちなみに、冒頭の現代日本のパートは、原作に存在しないバカリズムの脚本によるオリジナル要素です。原作では推論(というよりも結論めいた)記述が初めのほうに書かれており、それはそれでノンフィクション本の構成として正しいと思えるのですが、今作ではおおむね時系列に沿って語られ、その上で終盤に衝撃的な事実と「主観」も提示されるという、劇映画として真っ当な構成になっています。ゆるい会話劇やセリフ回しに限らず、バカリズムの堅実な脚本家としての力も存分に発揮されているのです。

また、べートーヴェンがシンドラーに卵を投げつけるシーンは、原作の「(ベートーヴェンが)家政婦に卵を投げつけ罵倒する」という記述からアレンジされたもの。このあたりの違いや映画化にあたっての工夫を、原作と比べてみるのもいいでしょう。
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余談ですが、原作本の著者のかげはら史帆は文庫版のあとがきで、刊行時に流行していたスラング・俗語を意図的に多用した(それでも古びてきた言葉はいくつか書き改めた)理由について「シンドラーやベートーヴェンやその他の人物たちをできる限りリアルな存在として表現したい」という考えがあったことも語っています。

それにしたってあまりにふざけすぎでは? と賛否が分かれそうなところですが、筆者個人はそれこそを「偉大な人物を卑近な存在として描く」試みとして支持をしたいのです。
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しかも、かげはら史帆は、映画企画の担当者による「演劇やミュージカルでは、日本のキャスト陣が西洋を舞台にした作品を演じるのは当たり前。実写映画でそれをやったっていいと思う」という言葉に対し、「たしかに」と膝を打ち、「私の頭のなかでも、シンドラーやベートーヴェンは日本語でしゃべっているような気がするのです。しかも、古めかしくない、生き生きとした現代の言葉を」と思ったのだとか。

日本人キャストでこの物語を描くアプローチは、原作者にとっても納得のことなのです。
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実は海外ロケではない!? 無理に西欧人に寄せない衣装作りも
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