気になるところ1:そもそも実写化の意義とは?と考えてしまう理由
前述の内容と矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、何しろ本作はアニメ版に忠実すぎるほどに忠実なので、「そもそも実写化の意義とは……?」と感じてしまったのも事実です。筆者個人がそう思ってしまった理由の1つは、もとの『ヒックとドラゴン』がアニメながら「実写に近い映像のこだわり」がされていたことも理由だと思います。 アニメ版『ヒックとドラゴン』は、暗がりに「炎」が映える「光と影」の対比の美しさ、臨場感たっぷりのカメラワークも見どころの作品でした。それはアカデミー賞撮影賞の常連である名撮影監督ロジャー・ディーキンスが参加しているおかげでもあり、そもそもが「アニメなのに実写に近い撮影が美しい」作品だったのです。
だからこそ、物語はもとより映像面で、実写化をするとより「そのまま」の印象が、よくも悪くも生まれてしまったのではないかとも思います。もちろん前述した通り、もともとがほぼ完璧な作品なので大胆なアレンジはまったく不要であり、加えて実写ならではの魅力も確かにあるため、贅沢(ぜいたく)すぎる不満ではあるのですけどね。
気になるところ2:本来は「トゥースレス」という名前が「トゥース」になっている
主人公が仲良くなるドラゴンは「歯を自分で引っ込められる」特徴を持つため、原語では「トゥースレス(歯なし)」と名付けられているのですが、日本語の字幕および吹き替えでは「トゥース」という、正反対の名前になっています。もちろん元のアニメ版から、日本語吹き替えおよび字幕でも「トゥース」になっていたので、そちらにならう形なのでしょう。アニメ版の公開当時にお笑い芸人のオードリーが宣伝に起用され、「ドラゴンの名前が決めセリフと同じ」と紹介されており、その時点でドラゴンの名前を変えるのはいかがなものかと批判が寄せられていたのです。
何より、この歯をなくせることで、ドラゴンが人間たちを攻撃するだけの存在ではない、ということも示していると解釈できるため、日本語でも「トゥースレス」のままのほうが良かったのではないか、と思ってしまうのです。
※以下、具体的な展開は避けていますが、ラスト近くのセリフや関係性について触れています。本編を未見の人はご注意ください。
気になるところ3:「ペット発言」と「従属するような関係」の是非
アニメ版から多くの人がモヤっとしてしまった、あるいは拒否反応を覚えてしまったことは、ラストでヒックがモノローグでドラゴンたちを「ペット」と呼んでしまうことです。実は、アニメ版から冒頭の「唯一の悩みは害虫(The only problems are the pests)」 と、ラストの「唯一の自慢はペット(The only upsides are the pets)」というモノローグが「対」になっている、「pests」と「pets」が「韻を踏んでいる」からこその言葉であると指摘されていました。
そうだとしても、やはり「ペット」という「従属」的なニュアンスがある呼び方に「えっ?」と思う人がいるのも致し方ないところ。ここの日本語の字幕や吹き替えでは、ペットではなく「相棒」という言い方にしても良かったのでは、とも思うのです。
ただ、その拒否反応はドラゴンたちを「相棒」「親友」と言える存在だと思っていた、もっといえば「擬人化」するように見ていたバイアスも働いているためでもあると思います。
劇中に登場するドラゴンは、あくまでドラゴンとして描かれていますが、現実で言えば「猛獣」や、あるいは移動手段としての「馬」のような存在とも捉えられます。そう考えると、ドラゴンを相棒や親友として描きながらも、「ペット」と呼ぶことが必ずしも矛盾しているとは言えない、という見方もできると思います。
とはいえ今は、ロシアによるウクライナへの侵攻や、イスラエルによるガザ地区への侵攻といった深刻な現実があるからこそ、人間とドラゴンの対立がどうしても現実と重なって見えてしまいます。その中で、本来は共生の道を選んだはずのドラゴンが、「ペット」という発言によって、あたかも人間に従属する存在、ある種の“奴隷”のように映ってしまうと、かえって欺瞞的に感じられ、強い拒否感を覚える人も少なくないのではないでしょうか。
筆者個人としては、ドラゴンへの「ペット発言」と「従属するような関係」にモヤモヤを抱えた人には、その気持ちを大切にしてほしい、とも思います。それはその人が持つ価値観を強固にしたということ、現実の問題を考えているからこそたどり着いた考え方でもあるからと思えるのです。
アニメ版の3作目(実写の続編)や『野生の島のロズ』が「アンサー」かもしれない
また、前述したドラゴンへの「ペット発言」および隷属していると見えかねない関係のバランスについては、アニメ版の3作目『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』で1つの「答え」を用意されているとも捉えられます。今回の実写映画版は大ヒットを受けて続編制作が決定しているので、アニメ版の3作目に当たる物語も紡がれるのであれば、今回でモヤっとしてしまった人も溜飲が下がるのかもしれません。 また、アニメ版『ヒックとドラゴン』の共同監督の1人であるクリス・サンダースは、映画『野生の島のロズ』で「飛べなくなってしまった息子と育ての母」の関係を描いており、それは従属するような関係性を感じさせないものにもなっています。『野生の島のロズ』は『ヒックとドラゴン』の価値観を否定することなく、ある意味ではアンサーを投げかけている作品ともいえるのではないでしょうか。 その上で、実写およびアニメの『ヒックとドラゴン』が素晴らしい作品であることもまた間違いないですし、ラストの是非も含めて議論されることにも、やはり意義があると思うのです。まずは、劇場でご覧になり、その上で話し合ってみてください。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。



