ヒナタカの雑食系映画論 第183回

過小評価すらされていない超労作アニメ映画『ChaO』を「今」見るべき5つの理由

劇場アニメ『ChaO(チャオ)』を「今」見るべき5つの理由をまとめます。実は「あの有名監督」へのオマージュがあることも重要だったのです。(※画像は筆者撮影)

5:主人公・ステファンが「カッコよくない」

本作を称賛しつつも、ここまでで賛否が分かれる理由を挙げてきましたが、キャラやギャグのクセの強さだけでなく、興行的な苦戦もあって、賛否が分かれるのはやむを得ないところだと感じます。
例えば、主人公のステファンは意図的にせよ、女性の心をつかむイケメンとしては描かれてはいません。事実、青木監督はキャラクターデザイナーの小島大和へ、主人公・ステファンを「ちょっと冴えない感じの、地味めなキャラクター」とオーダーしていたそうです。

さらに、青木監督には「主人公を最初からかわいい人、かっこいい人にはしたくなかったんです。だって、最初からかわいい人やかっこいい人がかわいい、かっこいいのは当たり前じゃないですか。むしろ、観てくださった人が『最初は何とも思わなかったけど、観終わったらチャオがかわいく思えた』と感じてもらえるものにしたくて。そうやって主人公のふたりを設定していきました」という意図もあったそうです。
しかしながら、既存のキャラクターや物語での求心力に頼れない「オリジナル作品」において、「最初は何とも思わない」主人公を設定するのは非常にリスキーであり、本作を「見ない」理由になってしまっているのも事実でしょう。

そうした商業目線のキャッチーさをあえて狙わない監督の個性、本編でちゃんとキャラの印象が変わっていくこと、STUDIO4℃らしさを全開にしたことも本作の魅力なのですが、いくらなんでも、その試みそのものが「蛮勇」すぎたのかもしれません。

その上で、実際の本編を見ても、個人的にはステファンはやや肩入れがしづらいキャラになってしまっていると思いました。そもそものステファンがチャオからの突然な求婚に困惑しながらも「受け入れてしまう」様は、物語上でも大きな意味があるのですが、彼のことを好きになれない人もいるでしょう。ステファンが明らかにひどい言動を取った直後に、叔母から「あなたは何も間違っていない」と全肯定される展開には、やはり違和感を覚えました。

そもそも「男性に献身的で、心を許すと姿を変えられてしまう」という設定をヒロイン像として描いている点自体、現代の女性観からするとやや逆行しており、どこか危うさも感じさせます。

ステファンが(夫婦とはいえ)シャワーを浴びているチャオを「覗く」様をギャグとして流してしまっているように思えましたし、チャオがチンピラに絡まれてステファンが駆けつける場面でも、ステファンのほうが先に暴力的に振る舞っているように見えてしまいます。そうした「男らしさ」を肯定的に描くのは避けたほうがよかったのではとも感じました。
それでも筆者が本作を好きな理由は、カッコよくないと思っていたステファンの過去を知り、さらに「やるじゃないか!」とも思える大きな成長をするから、そして異なる価値観や場所に住む人たちの相互理解と、「好き」を伝える尊さをストレートに訴えているからです。トラブルやすれ違いを経て、そのうえで相思相愛になっていく主人公2人を否定する気にはもちろんなりませんし、それぞれの過去と「これから」にも向き合った物語には、確かな感動がありました。

海外、特に中国でのヒットは見込めるかも?

残念ながら、日本での劇場での興行はとてつもない厳しさになってしまった『ChaO』ですが、このまま「終わる」こともないと信じたいです。

それは海外での興行展開を見据えているからであり、特に本作の舞台が近未来の上海であること、さらに香港映画やチャウ・シンチー作品へのオマージュに満ちた内容であることからも、中国で公開されれば人気を得る可能性は十分にあると思えるのです。

しかも、シンチー監督は2016年に『人魚姫』というそのものズバリなタイトルの映画を手掛けており、同作は当時アジア映画歴代興行収入No.1を樹立し、世界で1億人以上の観客を動員していた大ヒット作でした。

『ChaO』は『人魚姫』のトリビュート、もはや二次創作ともいえるほどに似たポイントがありますし、そのことに中国の人たちが気付けば、ヒットの可能性も十分にあるとも思えるのです。
とはいえ、日本での興行がとても厳しい分、『ChaO』のような挑戦的なオリジナル劇場アニメを映画館で見られる機会は、もうなくなっていくのかもしれません。アニメの多様性、面白さ奥深さを知るためにも、ぜひ最優先で『ChaO』を見に行ってほしいです。

また、STUDIO4℃が手掛けた、オムニバスアニメ『Amazing nuts!』の中の『たとえ君が世界中の敵になっても』は、青木康浩監督と倖田來未の楽曲のコラボレーション作であるほか、カップルが世界を揺るがす存在として報道されてしまうことなど、『ChaO』の発想元であることがはっきりと分かる内容となっています(こちらは少し大人向け)。『ChaO』と併せて、ぜひ楽しんでください。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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