親として子どもと接する中で、いつでも「いい親」「子どもにとってのよき理解者」でいられるとは限りません。それは教師だって同じ。
そんなときに小学校教師であり、先生を続けるための「演じる」仕事術』の著者である松下隼司さんは「先生である自分を演じる」といいます。
しかし、「教師を演じる」「親を演じる」と言われると、子どもにうそをついているような気持ちになるという人もいるのではないでしょうか。そんな気持ちをやわらげる「演じる仕事術」の極意を、同著から一部抜粋して紹介します。
素の演技なんてない。自然な演技なんてない。 素に見えるように演技しているだけ

今から 30 年ほど前、ミニシアター系の映画が大流行しました。中でも、浅野忠信さんや井浦新さんのスクリーンに映し出される自然体な姿に憧れました。まるで役を演じていないようにも見えました。浅野忠信さんや井浦新さんを安易に真似して、舞台稽古に臨みました。そして、前述の助言を受けたのです。
長身で超イケメンの浅野忠信さんや井浦新さんに自分を重ねるなんて馬鹿です。しかも当時の浅野忠信さんと井浦新さんは、映画を中心に活躍していました。
私は、舞台です。映画俳優の演技と、舞台俳優の演技の違いすら考えられていませんでした。舞台俳優は、映画やドラマと違って基本、役者が自分で客席まで声や感情を届けます。マイクで 声を拾ってもらえません。カメラで表情を大きく映してもらえません。
授業は、映像より舞台に似ています。教師は、映像より舞台の役者に似ています。
教師も、プライベートの自分と違います。教室の一番後ろにいる子どもまで声を届けないと、何を言っているか分かりません。口先だけでは伝わりにくいので、ジェスチャーや表情も、普段よりも大きめになります。
余計な間は、映像だと編集してカットしてもらえますが、授業は教師自身で無駄な間が生じないように工夫します。
熟練教師は、自分の背中を子どもに見せないで半身で板書できます。私はまだそのレベルに達していません。背中で魅せる工夫が必要になります。どんなタイミングで子どもに振り向くのか、 背中を見せる前に子どもたちに何を言うのか……。舞台俳優の腕の見せどころです。
演じ続ければ本物以上になれる
警察官でありながら、犯罪組織に潜入捜査する仕事があります。警察官だとバレないように犯罪者を演じます。本当は警察官ですが、服装や髪型・アクセサリー・香水・話し方・表情・姿勢・歩き方・身振り手振り・リアクションなどを変えます。うわべの演技だと、すぐに怪しまれ見破られてしまいます。
だから、表面的な演技だけでなく、内面的なところまで演技します。犯罪組織にいる人の思考の癖まで真似するのです。そうすると、犯罪組織にうまく入り込めます。さらに、その組織で功績を積み重ね、上り詰めていきます。“偽物”が、“本物以上”になるのです。
潜入捜査官が“理想の犯罪者”を演じるように、教師も“理想の教師”を演じることができるはずです。
教師が同じ職業の教師を演じるのは、潜入捜査官が他職の犯罪者を演じるより簡単なはずです。最初は、“理想の教師”の話し方など、表面的な真似事から始まります。でも、うまくいかないことがあります。
そんなときこそ“理想の教師”に近づくチャンスです。失敗を記録し、原因と改善策を考えていると、“表面的な真似事”から“内面的な真似事”に意識が変わってきます。
私の役者としての舞台デビューは、高級ホテルにあるラウンジのウェイター役でした。客に注文を取り、コーヒーを持って行くだけです。出演時間は1分もありません。
最初は簡単だと思っていましたが、ダメ出しの連続でした。高級ホテルのラウンジのウェイターに見えないからです。
そこで実際に、高級ホテルのラウンジに行って、ウェイターの姿勢や歩き方、話し方を観察しました。ハンディカムビデオを購入し、自分の稽古姿を撮影し、違和感を改善し続けました。
すると、ウェイターが何を考えながら働いているか内面的な役作りをするようになりました。練習が3000回を超えたあたりで、演出担当の人から、「本物に見えるようになった」「自然になった」と言って合格をもらいました。
本物の職業に見えるには、3000回以上の試行錯誤と、表面的な役作りと内面的な役作りの両方が必要だと分かりました。