『前橋ウィッチーズ』を“1話切り”せず見てほしい理由。『虎に翼』の脚本家が「今の若者」に向き合った秀作

連続テレビ小説『虎に翼』の吉田恵里香が脚本を手がけるテレビアニメ『前橋ウィッチーズ』が素晴らしい内容でした。『虎に翼』との共通点のほか、現代の若者が直面するさまざまな問題に向き合った、挑戦的かつ誠実な特徴と魅力をまとめます。(※画像出展:『前橋ウィッチーズ』公式Xより)

1:東京五輪における渡辺直美への侮辱を連想する「ルッキズム」の問題

例えば、第2話と第3話で示されたのは、はっきりと「ルッキズム」の問題です。好き嫌いが激しく、口の悪い女の子の「新里アズ」は、お客さんとしてやってきたプラスサイズモデルの女性に「デブ嫌い!」という、ひどい言葉を浴びせてしまうのです。

その女性が、アズの言葉にそれほどショックを受けているように見えないのです。さらに言えば、普段から心ない言葉を浴びせられることに「慣れてしまっている」、あるいは「もう諦めている」ようにも見えて、胸が締め付けられます。

実際に彼女が「ああいうことを言ってくる子はどこにでもいるから」と口にするのに対し、天真らんまんな女の子の「赤城ユイナ」は、「そんな子、どこにでもいちゃダメです!」と真っ向から向き合ってくれるのです。

作品内で描かれたルッキズムの問題は、言うまでもなく現実にあるものです。東京五輪の開会式で、渡辺直美に「豚の扮装」をさせるという演出案が強い批判を浴びた件がありましたが、劇中でもそれに通じるような侮辱的な依頼が登場します。そうした中で、彼女自身がどのように「折り合い」をつけていくか、暴言を放ったアズがどのような心変わりをするのかも、見どころになっています。
 

また、作中では電話の会話で登場するくらいで、強調して描かれてはいないのですが、劇中のプラスサイズモデルの女性には同性の恋人がいます。同性愛を扱っていると明確にアピールする作品ももちろん良いのですが、このエピソードのように同性の2人の尊い関係性が、当たり前に「ある」と示してくれる作品も、もっとあっていいと思うのです。

さらに、このエピソードで提示されたアズ自身が抱えているコンプレックスについて、第10話で「前橋ウィッチーズ」の面々がどんなことを言うかにも、ぜひ注目してほしいです。彼女たちそれぞれが、「今のアズが何を肯定してほしいか」について思いを巡らせていること、その思慮深さと優しさを感じ取れるでしょう。

2:承認欲求、ヤングケアラー、推し活……あらゆる問題を「魔法を使って全部解決」にはしない

この『前橋ウィッチーズ』の各エピソードは、その後も若者たちが直面する問題や葛藤をテーマとして扱っています。

第4話と第5話はいわゆる「承認欲求」。現実主義で控えめな性格の「上泉マイ」は、お客さんとして訪れた幼なじみの女性に強い憧れを抱いています。しかし、その女性はインフルエンサーを目指しつつも、フォロワー数が少ないことをやや自虐気味に語る一方で、どこか尊大な態度を取り、ついにはマイと激しく衝突してしまいます。
 

第6話と第7話は「ヤングケアラー」。明るくテンションの高い「三俣チョコ」は、仕事中になぜかぼんやりしたり居眠りをしてしまったりしていたのですが、その理由が明らかとなります。似た性格の持ち主のユイナが中心となり、彼女の現状と心境を知る過程が描かれています。

さらに、常識人かつクールな「北原キョウカ」は、大好きなバーチャルYouTuberに「投げ銭」をして、グッズも買いそろえる「推し活」をしていたのですが、第7話のCパートのラストでは、おぞましい「要求」をされてしまいます。続く第8話では、キョウカがその事実をほかのメンバーに知ってもらい、「これ普通に性犯罪でしょ!」とはっきりと指摘される場面があります。
 

また、表面的には悩みがなさそうなユイナも、第10話では自身の性格に関する悲しい事実を「サラッ」と言います。ここでは、彼女の口ぐせである「エモエモ最強」も含め、正直なところ「ちょっとウザい」と感じていた視聴者でさえ、実は自身が先入観を持っていたのだと気付かされる構図があります。第1話で彼女が飾っていた写真についても、改めて「そういうことか」と納得がいくでしょう。

そして、こうした問題や悩みを「魔法を使って全て解決する」といった展開にしていない点も、本作の美点であると思いました。

「本当はそういう気持ちだったんだ」「そんな事情があったんだ」と“理解”はできても、それはあくまで表面的な納得にすぎず、本質的な問題は何も解決していないと言っても過言ではありません

しかし、この社会にある悩みは得てして、根本的な原因の解決に簡単にはたどり着けないものです。しかし、身近にいる誰かの気持ちや事情を「理解すること」は、たとえ小さなことに見えても、その人にとっては大きな救いになるかもしれないし、解決への大きな足がかりになるかもしれない。そんな希望を感じられる物語でもあると思うのです。
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『虎に翼』との共通点は
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