
しかし、終身雇用の崩壊、AIの台頭、そして激化する国際競争といった先行き不透明な時代において、果たしてこの教育観は本当に子どもの未来を拓く鍵となるのでしょうか?
『好奇心でゼロからイチを生み出す 「なぜ? どうして?」の伸ばし方』(小宮山利恵子 著)から一部抜粋し、 今の子どもたちに必要な教育とは何なのかを考えていきます。
中学受験率の高さは親の不安の表れ
変化の激しい現代社会において、親の不安は増す一方です。特に子育てに関しては、「こういう教育をすれば子どもは将来成功する」というわかりやすい正解がないことに多くの親が戸惑っています。
そのため、「このような不確実な時代だからこそ、学力の高い子に育て、有名校や一流大学に進学させたい」と考える家庭が増加傾向にあるようです。
2024年の私立・国立中学受験者数は5万2400人で、受験率は過去最高の18.12%でした(※首都圏模試センター)。
さらに、今の中学受験の勉強の難易度は、12歳の子どもにとって限界に達していると言われています。それでも中学受験が加熱しているのは、親の不安の表れではないでしょうか?
親が不安なときこそ意識してほしいのは、現実と向き合い、時代の変化に敏感になることです。「自分の子どもが有名な学校や大学に入れば安心ですか?」と問われたら、そんなに甘い時代ではないことは、我々親世代が一番痛感していると思います。
いったん就職すれば定年まで働き続けられた日本的雇用制度は崩れはじめ、転職や副業が当たり前になっています。大企業のリストラや倒産も後を絶ちません。2023年度の倒産企業件数は8881件で、過去30年間でもっとも高い30.6%の増加率です(※帝国データバンク)。
人手不足も深刻化しているため、ChatGPTのような先進テクノロジーがビジネスの現場に浸透すると、今ある仕事の多くがAIにとって代わられてしまうでしょう。
このような社会変化の中で、子どもたちが将来活躍するためには、従来の古い教育観を見直す必要があります。
日本の国際競争力が転落した大きな原因
従来の日本の教育が時代遅れな理由は、国際競争力の低下からも明らかです。日本の国際競争力は、中国、韓国、インドネシア、マレーシアなど東南アジア諸国にも追い抜かれて、過去最低の38位にランクダウンしました(※スイス IMD発表の世界競争力ランキング2024)。大量生産、大量消費で日本が経済成長した時代は終わり、今はGAFAM(Goole、Amazon、Facebook/現Meta、Microsoft)のように現代社会のニーズに合わせたビジネスモデルで成功した海外の企業が、世界市場において圧倒的なシェアを占めています。
新規に起業した創業10年以内のスタートアップ企業の情報を提供しているWEBサイト「スタートアップランキング」によると、日本は608社で世界25位(2024年6月時点)。ブラジル、ペルー、エジプトよりもスタートアップ企業が少ないのです。
設立10年以内で企業価値が10億ドル以上となったユニコーン企業と呼ばれる会社の数も、日本は8社しかありません。世界のユニコーン企業は2023年時点で1200社もありますから、日本がいかに新たな価値を生むイノベーションが少ないかがわかります。
イノベーションは、今の社会で人々が抱えている「不満」「不足」「不平」をどのように解決するか、今あるものをより良いものに改善するにはどうすればいいか、という視点からはじまっているものが多いです。
それはつまり、「今この社会を生きる人々が何を求めているかじっくり観察する」と同時に、「前例がなくても失敗を恐れずチャレンジする」ということです。
起業が活発に行われれば、その中からユニコーンが誕生する可能性が高まります。起業によって生まれた新しいサービスのニーズが高ければ、世界中のユーザーが対象のビッグビジネスになるでしょう。
日本のように起業家が少ない国は、海外の労働者に対しても魅力を訴えられません。「日本に行っても得るものがない」と思われてしまうからです。
そうなると、もともと労働生産人口が少ない日本は、人材不足の問題でますます国力が低下してしまうでしょう。
小宮山利恵子 プロフィール
株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所所長、東京学芸大学大学院教育学研究科教授。衆議院、ベネッセ等を経て2015年よりリクルートにて現職。ICT教育領域の他、五感を使った学びやアントレプレナーシップ(起業家精神)教育について幅広く活動。著書に『教育Alが変える21世紀の学び」(共著 北大路書房)、『新時代の学び戦略』(共著 産経新聞出版)、『レアカで生きる「競争のない世界」 を楽しむための学びの習慣』(KADOKAWA) など。最新刊は『好奇心でゼロからイチを生み出す 「なぜ? どうして?」の伸ばし方』(ディスカヴァー)。