世界を知れば日本が見える 第65回

編集長を誤って招待→アメリカの軍事情報が流出。暗号化アプリ「Signal」でなぜこんな事態になったのか

トランプ政権の国防に関わる要人たちが、暗号化メッセージングアプリ「Signal(シグナル)」を介してやりとりしていた問題が暴露され、世界中で話題になっている。なぜSignalでこのような問題に起きたのか。(画像出典:Ink Drop / Shutterstock.com)

シグナル
Signal(シグナル)(画像出典:Ink Drop / Shutterstock.com)
高いセキュリティーを誇る暗号化メッセージングアプリ「Signal(シグナル)」が注目されている。

筆者も使っているアプリだが、近年は日本でもメッセージのやりとりにおいて安全性やセキュリティーを重視したいユーザーの間で利用されている。ところが今、アメリカのトランプ政権の国防関係者らが、私用のスマートフォンでSignalを使って軍事作戦の機密情報をやりとりしていたとして大きなニュースになっている。

この問題は、Signal自体が強固な暗号化を実現していたとしても、結局は、人為的なミスで情報が漏れてしまう現実を露呈した。そもそもSignalがなぜ“安全”だとして使われており、一方でその安全性に疑問符が付いているのかを探りたい。

アトランティック誌の編集長を誤って招待→やりとりを暴露

事の発端は、トランプ政権で国防に関わる要人たちがイエメンの反政府組織フーシ派への軍事攻撃について、Signalのグループチャットでやりとりをしていたことである。しかも間抜けなことに、アメリカのアトランティック誌のジェフリー・ゴールドバーグ編集長を誤ってそのグループチャットに招待してしまった。ゴールドバーグ氏は、このチャットに入ってから黙って6日間様子を見続けたが、ほかのメンバーは誰も彼がグループに入っていることに気付かなかったという。

参加していたメンバーは、ピート・ヘグセス国防長官、J.D.バンス副大統領、トゥルシー・ギャバード国家情報長官、マイク・ウォルツ国家安全保障担当補佐官など、政権の中枢を担う面々だった。ゴールドバーグ編集長は、チャット内で議論されていたCIA(アメリカ中央情報局)の高官の名前や、軍事作戦の詳細など、機密性の高い情報がやりとりされていた事実を暴露した。

この顛末(てんまつ)を見ると、優れた暗号化アプリのSignalも、使う人によっては全く安全ではないという根本的な現実が浮き彫りになったと言える。

Signal=とにかく安全性の高いプラットフォームのはずだった

そもそもSignalは「エンド・ツー・エンド暗号化(E2EE)」を搭載していて、ユーザー同士のチャットを暗号化し、ハッカーなど第三者から送受信の通信を傍受しても内容が解読できないようになっている。さらにアプリを運営している組織(アメリカのNGO)もユーザーの情報を決して読めない仕様だ。

この技術はメタ社の「WhatsApp」や、アップル社の「iMessage」にも応用されている。日本人の8~9割が利用しているLINEもユーザー間のチャットは一応「暗号化」しているが、Signalなどの方が圧倒的に安全に通信することができる。だからこそ、アメリカの高官や、最近では政府機関関係者の多くがSignalを使うようになった。しかも最大で1000人のユーザーが参加できるグループチャットの機能も提供している。

また2023年には、将来的に量子コンピューターが現在の暗号をいとも簡単に解読してしまうといった脅威に関するニュースが取り沙汰されたこともあり、Signalは対策として暗号化システムの強化を行った。このように、とにかく情報のやりとりを“安全”にできる最高水準のプラットフォームを提供し続けている。
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人が介在する以上、暗号アプリも絶対的に安全ではない
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