
漢字のタイトルや物々しい雰囲気から、硬い印象や敷居の高さを感じるかもしれませんが、そうした心配はほぼ不要です。本作は後述する通り、「限定的な空間で繰り広げられるサスペンス」という「エンタメ性」が存分にある内容だったのですから。
さらに、「アート性」と「社会性」とも見事に融合しています。面白い上に、美しくもスリリングなシーンの数々に見惚れて没入でき、現代社会の問題も鋭く抉っているため、見終えた後には考えさせられるものがあるでしょう。
とはいえ、日本人にはあまりなじみのない題材でもあり、事前に知っておいた方がいい情報があるのも事実です。大きく5つに分けて紹介しましょう。
1:中間管理職な立場の主人公を、心から同情し応援したくなる
本作のあらすじは「ローマ教皇が急逝したため、新たな教皇の選挙のために奔走する」というもの。その資質がある有能な人物を慎重に選ぶ必要があるのは言うまでもないですし、選挙の準備そのものも慌ただしく、さらには「スキャンダル」や「謀略」も明るみになり、見ているこちらもいい意味で胃がキリキリと痛くなりそうなプレッシャーとストレスでいっぱいになっていくのです。

世知辛い事情を感じさせつつ、後述するキャラクターそれぞれの「野心」や「疑惑」の数々、それらにより「パワーバランスが大きく変わっていく」様こそがエンタメになっています。「イイやつ」だと思っていた人物にも裏の顔が見えてきたり、あるいは単純な善悪の判断がつきにくかったりと、翻弄(ほんろう)される面白さを堪能できるはずです。
しかも、劇中の選挙における3日間は外部の介入が徹底的に遮断され、スマートフォンやタブレットは没収、ほぼ全編が室内の会話劇という設定であるため、「密室サスペンス」のような面白みがあります。後述する女性の境遇の問題も相まって、現在公開中のアニメ映画『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』にもかなり通じている内容ともいえます。
2:有力候補は4人! 誰が教皇にふさわしいのか?
このように主人公の境遇と中心にあるエンタメ性はシンプルで分かりやすいものの、周りのキャラクターそれぞれの立場はやや複雑なため、公式Xが示している人物相関図を軽く頭に入れておくといいでしょう。中でも、新しい教皇の有力候補となるのは以下の4人です。
・ベリーニ(スタンリー・トゥッチ)……アメリカ人。主人公ローレンスの親友で、教会内ではリベラル派
・アデイエミ(ルシアン・ムサマティ)……ナイジェリア人。もし選出されれば史上初のアフリカ系教皇となる
・テデスコ(セルジオ・カステリット)……イタリア人。リベラル派を嫌悪する強硬な伝統主義者
・トランブレ(ジョン・リスゴー)……カナダ人。穏健な保守派だが、疑念を抱かれている。理由は不確かだが、前教皇が死の直前にトランブレと会い、解任を宣告していたという情報がある
「疑惑は本当なのか?」「謀略をしているのは誰なのか?」「新教皇にふさわしいのは誰なのか?」と、観客もローレンスと共に推理……というよりも、疑心暗鬼になっていく過程こそ面白く感じるはずです。
ちなみに、衣装デザイナーのリジー・クリストルによると、大半の登場人物が同じ祭服を着ているため、十字架、指輪、靴、外套といったディテールでキャラクターの違いを表現したそうです。例えば、テデスコは派手な振る舞いをする人物であるために豪華な装飾品を身に着けており、背景に溶け込んでしまいそうなほど謙虚なローレンスとは対照的になっているのだとか。そうしたところから、キャラクターの背景を考えてみるのも面白いかもしれません。