日本政府が「禁止を考慮する」ことすらできない理由
しかも、こうした匿名性を提供するアプリが闇バイトなどの犯罪で使われているからといって、国が利用を制限したり、ダウンロードを禁止にすることはできない。例えば、アプリを入手できないようにするには、テレグラムやシグナルの運営元に、日本で使えないよう要請する必要がある。またアプリのダウンロードを禁止するには、iPhoneを販売するアップル社や、Androidを提供するグーグル社に禁止の要請をする必要がある。だが現実には、日本政府が頼んでもそれらを実現するのは難しい。なぜなら、まずテレグラムやシグナルは、運営サイドのアプリ提供の理念として、「表現の自由を守り、安全な通信を確保する」というのを掲げているからだ。もともと、これらのアプリが暗号化によって匿名性を高めている理由には、国家や権力者による通信傍受や検閲など「個人の権利を侵害する行為を避けるため」という側面が強い。
特に、チャットなどでも自由な発言が監視されやすい独裁国家や強権的な国では、こうしたアプリが個人の安全を守るのに役立つ。例えば、2019年から行われた香港の民主化デモでは、デモ参加者らは当局の監視を避けるために、テレグラムを使った。
それでも、テレグラムは中国、イラン、タイ、キューバ、インドなどで利用が制限されている。また中国やイラン、ロシア、ベネズエラ、インドなどでは、政府の方針でシグナルなどがアクセスできないようになっているとの分析もある。こうした国々がアプリの利用を制限する行為は、国民の権利を蹂躙(じゅうりん)していると世界的に糾弾されているのだ。
犯罪対策という理由でアプリを禁止にするという行為は、アプリの本来の目的と存在意義を制限することになる。また表現や通信の自由なども侵害することになるため、アップル社やグーグル社がアプリのダウンロード制限をできない理由も同じだ。日本政府は禁止を考慮することすらできないだろう。
1つのアプリがなくなっても、結局は“モグラたたき状態”に
こんなケースもある。フランス政府は2024年8月、テレグラムが犯罪のプラットフォームを提供しているとしてCEOのパベル・ドゥロフ氏をパリ北部の空港で逮捕した。ドゥロフ氏は500万ユーロの保釈金で釈放されたが、今もフランス国内で監視下に置かれている。ただ、ドゥロフ氏を逮捕しても、投獄しても、フランス当局がドバイに拠点を置くテレグラムを国内で禁止にすることは難しいし、テレグラムを廃業させることもできない。さらに言えば、別の暗号化されたアプリも存在するし、1つのアプリがなくなっても、また別のアプリが台頭するだけなので、モグラたたき状態になるだけだ。いちいち摘発することはできなくなるために、フランスのようなやり方は、暗号アプリを使う犯罪行為に対する根本的な解決にはならない。
日本の警察も、テレグラムやシグナルに対して直接できることは少ない。犯罪者の情報をテレグラムやシグナルの運営側に照会したり、アカウント情報を入手したりしようとしても運営側はいちいち協力してくれない。また先に述べた通り、国家の一大事となるような重大事件が起きても、運営側自体が、ユーザーの暗号化されたチャット内容を解読できないため、提供できる情報は限定的だ。
当局ができることは、闇バイトで捕まった犯罪者のスマートフォンを目の前で解除させて、テレグラムまたはシグナルのアプリを起動させ、そこでメッセージのやりとりを読んだり、相手のアカウント情報を集めて捜査に生かしたりすることしかできない。もちろん、そこから相手の素性をつかむことは難しいだろう。