渦中の人物は、フィリピンの首都マニラの北部にあるタルラック州バンバン市のアリス・グオ元市長だ。2022年から市長を務めてきたこの人物が、実は中国のスパイだと見られており、疑惑から逃れるために逃亡していたインドネシアで9月4日に拘束され、6日に強制送還された後、逮捕された。
最近、世界各地で「中国のスパイが暗躍している」として数多くのケースが取り沙汰されている。そんな中国スパイにからむニュースの中でも、このグオ元市長の話は、史上まれに見るようなスパイ騒動に発展している。今回は、グオ元市長の問題と中国スパイの実態に迫ってみたい。中国スパイの脅威は、日本にも決して無関係ではない。
高級バッグやネックレスは「人身売買」への関与で得たものか
グオ元市長が、バンバン市の市長になったのは2022年のこと。もともとは地元で成功したビジネスパーソンだった(という触れ込みだった)。養豚ビジネスやカーディーラーなどを運営していたという。そんな市長が、2024年7月に汚職に絡み、フィリピン議会上院の調査を受けることになった。
フィリピンでは2016年から、政府がPOGO(フィリピン・オフショア・ギャンブリング・オペレーター)という外国人顧客向けオンラインカジノの運営を許可する制度を開始している。
3月、バンバン市にあるPOGO運営企業が、大統領府管轄の組織犯罪対策委員会(PAOCC)の捜査対象となり、摘発が行われた。その捜査で、人身売買で連れてこられた人を含む1000人ほどの労働者と、マネーロンダリングなど金融犯罪の証拠が発見された。さらに地下には、逃亡用のトンネルなども用意されていたのである。
捜査では、その企業の運営にグオ氏が裏で深く関わっており、犯罪行為に加担して大金を受け取るなど汚職に手を染めている証拠が見つかった。
グオ氏はたびたび高級ブランド品などで身を包んでおり、SNSなどでその豪華なグッズが注目を集めていた。高級車であるロールス・ロイスの前で記念撮影をした際には、彼女の高級バッグやネックレスなどが話題になった。そうした高級品などは、汚職で得たものだと指摘されている。
アリス・グオという名前も虚偽、実際には「中国生まれの中国人」だった
一連の調査により、さらにとんでもない事実が明らかになった。グオ氏の出自から、経歴などがうそだらけであることが分かったのである。公聴会に召喚されたグオ氏は、来歴などさまざまな質問に答えるはずだったが、その回答は「本当は自分の出生地は知らない」「出生届は17歳の時に提出された」「子ども時代の記憶がない」「学校は行かずホームスクールで学んだ」など、支離滅裂でひどいものであった。さらに、父親はフィリピン人だと言っていたにもかかわらず、実際は中国人だったことも明らかになった。
それだけではない。アリス・グオという名前も、実は本名ではなかった。彼女の実名は「Guo Hua Ping(グオ・フア・ピン)」であり、フィリピン生まれと主張していたが、実際には中国生まれの中国人。13歳の時に、中国人家族と一緒に中国の福建省からフィリピンに移住していた。
さらに、アリス・グオという名前でグオ氏が登録していた誕生日などと一致するフィリピン人女性の存在が書類で発見されている。グオ氏は本物のアリス・グオになりすましていたのだ。かつ本物のアリス・グオは行方不明になっているという。ちなみにグオ氏の中国時代の書類の生年月日は全く異なるものだった。
市長当選も、果たして「正当なもの」だったのか
議会の捜査ではさらに、グオ氏がフィリピン政府に入り込み、中国がフィリピンの政治に影響力を持つために訓練された「スパイ」の可能性があると指摘されている。その過程で、オンラインカジノを隠れみのに、数々の犯罪にも手を染めていたというわけだ。捜査が進展する中で、グオ氏は市長職を停止された。すると彼女は5月から行方不明になり、海外に高跳びした。現地の報道によれば、フィリピンからマレーシアに飛行機で移動し、そこからまたシンガポールに飛んで、1カ月ほどシンガポールで過ごしていたという。そこからフェリーでインドネシアに逃げていたところを発見され、逮捕された。逮捕容疑は、POGO企業での人身売買に関与したことだった。
中国スパイがフィリピン市長になり、金を稼いで、さらに政界での影響力を広げていくーーグオ氏はそういう筋書きで活動をしていたと指摘されている。そもそも、市長になった際の投票すら正当なものだったのかは分からない。金をばらまいていた可能性もある。これからそうした工作の全てが明らかにされるだろう。