本作の優れたポイントは枚挙にいとまがありませんが、やはり悪役のムスカ大佐は外せません。いんぎん無礼な言動、「見ろ、人がゴミのようだ!」に代表される名言の数々、冒頭からビンで後ろから殴られて気絶する弱さなど、「ネタ」的な意味合いも含めて愛され続けています。
そんなムスカの声を担当したのは俳優の寺田農。3月に肺がんで亡くなり、SNS上などには悼む声が多数寄せられていました。ここでは、その寺田農の魅力が改めて分かる5つの作品を紹介しましょう。いずれもムスカとは対照的なキャラクターおよび演技であることにも注目してほしいのです。
1:『肉弾』(1968年)
数多くの作品に出演した寺田農ですが、主演映画はこの『肉弾』と『ラブホテル』(1985年)と『信虎』(2021年)のみと少なく貴重です。監督は『日本のいちばん長い日』(1967年)などで知られる岡本喜八で、全編に漂うシュールなユーモアが、むしろ戦争のむなしさや悲しさを際立たせる効果を生んでいました。
対戦車の特攻隊員にされた主人公の“あいつ”は、古本屋では両腕のないおじいさん、置屋に行った時は数学を学んでいる少女、砂浜では幼い兄弟とさまざまな人間と出会い、そこには戦争の影がちらつき、やがて「戦争が終わったことを知らないままドラム缶に乗って漂流していている」状況に陥ります。そのさなかでも「生きること」にしがみつこうとする青年を、アップで映された表情で、時には全身全霊で表現した寺田農に圧倒されました。
戦争に翻弄(ほんろう)され続ける純朴な青年である『肉弾』の主人公は、軍人を利用し、王になろうともする傲慢(ごうまん)さもあったムスカとは完全に正反対です。仲代達矢のナレーションで繰り返される「大したことはない」「それだけのことだ」といった諦観(ていかん)に満ちた言葉も切なさも際立ててます。「絶対に忘れられないラスト」まで、ぜひ見届けてほしいです。
2:『里見八犬伝』(1983年)
江戸時代後期に描かれた長編小説『南総里見八犬伝』、その翻案である『新・里見八犬伝』を、『仁義なき戦い』シリーズや『バトル・ロワイアル』(2000年)で知られる深作欣二監督が映画化した作品で、その内容は「チャンバラ活劇」ともいえるエンターテインメント。8人の剣士、活発なお姫様、恐るべき妖怪の女性などの個性的なキャラクター、さらに特撮によるファンタジーの世界観は今でもとても魅力的に見えます。
寺田農が演じる犬村大角は口数こそ少ないですが、学問と武芸に秀でているゆえの冷静沈着なたたずまいや、銃と爆薬を使う立ち回りは強く印象に残ります。仲間であるはずの主人公・犬江親兵衛(真田広之)を疑って銃で撃つという冷酷な判断をしたこともありましたが、和解を経た後の最終決戦での戦いぶりは「壮絶」のひと言。ムスカもまた、シータのおさげを撃つなど銃の名手と思わせるシーンはありましたが、その顛末(てんまつ)や人間としての在り方は正反対といえるでしょう。
なお、『南総里見八犬伝』の作者・曲亭馬琴(滝沢馬琴)と葛飾北斎が交流する“実話”パートと、『南総里見八犬伝』の中の物語を描く“虚構”パートを交錯させて描く映画『八犬伝』も2024年10月25日より公開されます。こちらの公開前に見ておくのも良いでしょう。