「彼の1LDKのマンションに仏壇がありました」
アンリさん(31歳/仮名)はマッチングアプリで出会った彼との1カ月記念日に、初めて彼の部屋を訪れた。その時アンリさんの目に飛び込んできたのは、リビングに置かれた小さな仏壇だった。「彼の1LDKのマンションに仏壇がありました。ニュースで見たことのある形だったので、すぐに新興宗教のものだと分かりました」
まだ付き合って1カ月だったものの、アンリさんにとって彼は初めて「結婚したい」と思える相手だった。しかし……。
「後日、理由は言わずに別れを告げました。私も、そして私の家族も、新興宗教を受け入れることはできないと思ったから。彼は『そっか、分かった』と何かを悟ったような表情ですぐに別れを受け入れました」
彼がどのくらい熱心な信者だったのか、結婚するとしたら信仰はどうするのか……など、アンリさんが彼と話し合うことはなかったという。
だが、アンリさんは「少なくとも彼の親は熱心な信者だと思う」と推測する。彼の名前が新興宗教に由来するものだとネットで知ったからだ。
アンリさんは「結婚するうえで信仰は『すり合わせ』で済むような問題ではない」と考えている。
筆者が恋愛や婚活のインタビューを続けていると、アンリさんのように「恋人(またはその家族)が新興宗教の信者だった」「恋人から入信をすすめられた」といったケースに遭遇することがある。話を聞くと、結婚=入信を条件とされ、別れを選んだアンリさんのようなパターンが多い。
「やむなく入信した」と話す女性もいたものの、家族から結婚を反対されたり、子どもが生まれたら入信させるのかどうかで問題が勃発したりと結婚前後もトラブルが多いようだ。アンリさんが話すように、宗教は「すり合わせ」で済む問題ではなさそうだ。
信者と結婚するためには、入信するしかない?
「信者と結婚するためには、入信するしかないと思います。私のように家族と絶縁するという道もありますが……」こう語るのは、2022年まで宗教2世であったノブコさん(32歳/仮名)だ。
彼女の両親はとある新興宗教の熱心な信者であり、地域の幹部でもあった。ノブコさん自身も熱心な信者で、いわゆる宗教2世。お布施を納め、会合にも参加していた。
「幼い頃からいいことがあれば両親から『信仰のおかげだね』と言われて生きてきました。成績がいいのも努力ではなく、信仰のおかげ。私はずっと信仰とともに生きていくと思っていて。でも中学生の頃だったかな、スマホでネットを見るようになると、新興宗教のせいで、結婚が破談になったケースがあることを知ったんです」
ノブコさんは、自身の信仰している宗教について、ネット上の情報を集めた。そこで、これまで信じてきた教えが世間の批判にさらされていたことを知る。
「もし、自分が信者以外の人を好きになり、結婚を考えるようになったら……。相手に私が宗教2世だとカミングアウトしたらどうなるんだろうって、中学生の時から悩むようになりました」
その後、ノブコさんには何度か恋人ができたが、自身の宗教のことは打ち明けられなかった。
そしてとうとう自身の宗教のことを話さぬまま、31歳でノブコさんは付き合っていた恋人にプロポーズされることになる。それが今の夫のタカシさん(仮名)だ。プロポーズされた際、ノブコさんは初めて自身が宗教2世であることをタカシさんに打ち明けた。
「タカシは『そうなんだ~』と。予想外のリアクションでした。タカシもタカシの家族も無宗教だったけれど、私のことを否定せず受け入れてくれたんです」
ネットの意見とは違い、タカシさんが自身を受け入れてくれたことにひと安心したというノブコさんだったが、大変だったのは両親との関係だった。
結婚をきっかけに自身の信仰心を疑い、脱会を決意
「私の両親は、タカシが結婚のあいさつに実家に来るなり、教えを説いた本をプレゼントし、会合に招待しました」
ノブコさんの両親は、タカシさんとの結婚には反対しなかったというが、タカシさんを「信者にしたい」という気持ちは強かったようだ。結婚後も、ノブコさんの両親は頻繁にタカシさんを勧誘し続けた。そのたびにタカシさんは断り続け、とうとうノブコさんの両親の機嫌を損ねてしまった。
「離婚しろ、とまでは言われませんが、気づけば両親はタカシの愚痴ばかりいうように。そんな両親を見ていて、なんだか信仰心が薄れてきたんです」
そもそもノブコさんの信仰心は「信仰すれば幸せになれる」と幼い頃に両親にすりこまれたものだった。しかし、無宗教で幸せに生きるタカシさんと出会い、「宗教がなくても幸せになれるのではないか」と思うようになったという。
「実は2022年に、脱会したいと両親に告げたんです。すると母親から『それはあなたが決めることじゃない!』と怒鳴られて。何度も自分の意思を伝えたけれど、納得してくれなかったので、最終的に自分で勝手に脱会届を提出しました」
入信するかどうか、結婚後の話し合いでどうにかなる問題ではない
現在、ノブコさんは両親と絶縁状態である。ノブコさんいわく、自身のように宗教を脱会するのはレアケースで、信者と結婚するためには「基本、入信するしかないのでは」と話す。
「私が脱会したことで両親は『自分たちの人生を否定された』と感じていると思う。信者にとって、信仰は人生そのもの。だから信仰心の強い信者と結婚する際、『脱会してほしい』というのは難しいケースが多いと思う。結婚後の話し合いでどうにかなる問題ではない」
結婚において大切なのは互いや家族の“価値観のすり合わせ”だが、信仰によって人生を形成されてきた人(または家族)との結婚は、すり合わせでどうにかなるものではなさそうだ。
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この記事の筆者:毒島 サチコ プロフィール
ライター・インタビュアー。緻密な当事者インタビューや体験談、その背景にひそむ社会問題などを切り口に、複数のWebメディアやファッション誌でコラム、リポート、インタビュー、エッセイ記事などを担当。