ヒナタカの雑食系映画論 第106回

『先生の白い嘘』のインティマシー・コーディネーター不在を改めて考える。「入れれば万事OK」ではない

公開中の『先生の白い嘘』は、「主演俳優から要望を受けたインティマシー・コーディネーターを起用しなかった」事実が判明したインタビュー記事が物議を醸しました。この問題から考えるべき「これから」について記します。(※サムネイル画像素材:(C)2024「先生の白い嘘」製作委員会 (C)鳥飼茜/講談社)

意義のある作品だからこそ、よりショックを受けた

『先生の白い嘘』は原作漫画から苛烈な性被害を描いており、今回の映画は「刺激の強い性愛および性暴力描写がみられる」という理由でR15+指定がされています。
 

はっきり「性暴力のシーンの撮影で俳優に大きな負担を強いることが明白な作品」であるにもかかわらず、「俳優が求めたインティマシー・コーディネーターを起用しない」判断がされたこと、その問題の無自覚さがありありと表れた発言に、批判が殺到するのは、改めて当然だと思います。

筆者個人はこのインタビューの公開前に試写で『先生の白い嘘』を見ており、性暴力のシーンのみならず、精神的かつ物理的な痛みを強く感じさせる内容に衝撃を受けました。物語そのものや哲学的な問答は賛否を呼びそうだと思った反面、性被害を受けた(受ける可能性のある)女性の苦しみや抑圧を示す意義は大きく、真摯に役に向き合ったことも伝わる俳優陣の演技が掛け値なしに素晴らしいと、称賛したい気持ちが大いにありました。

だからこそ、「これほどにインティマシー・コーディネーターが必要と思える作品もないのに、俳優陣が適切に守られていなかったんだ」と、より失望を禁じ得なかったのも事実です。
 
先生の白い嘘(1) (モーニングコミックス)
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重要なのはこれ以上責め立てるのではなく、これからのこと

『先生の白い嘘』のインタビューでの三木監督の発言への擁護はできないことを前提として、過剰なバッシングもまた問題であり、製作者側が当時に「インティマシー・コーディネーターを起用しなくても、自分たちでできる限りの配慮をしようとしていた」ことへの思考をめぐらせることも重要だと思います。

『先生の白い嘘』の撮影時期は2022年で、インティマシー・コーディネーターが起用される作品が日本でも少しずつ世に出てきた、という時期でした。今回の騒動後に映画の公式Webサイトには「『先生の白い噓』撮影時におけるインティマシー・コーディネーターについて」と題したページで謝罪文が掲載されており、その文章からも当時に「自分たちだけでなんとかできる」判断がされた原因をうかがい知ることができます。

これまでは(それに類する配慮をしたスタッフはいましたが)インティマシー・コーディネーターという職業そのものが存在しなかったわけですし、日本ではそもそもインティマシー・コーディネーターが数人(2022年時点では2人)しか存在していない現状もあります。2024年の今でもインティマシー・コーディネーターの認知や活躍が過渡期というにも早い段階なのですから、2年前はより保守的な価値観がまかり通り、その判断がされることもあり得ると思えるのです。

また、この謝罪文では「『不安があれば女性プロデューサーや女性スタッフが本音を伺います』とお話をしていたので、配慮ができると判断しておりました」などと書かれていますが、前述した高嶋政伸さんのエッセイを踏まえても、性暴力を働く人物を演じる側、また男性の俳優にとっても、インティマシー・コーディネーターの存在が大切なのだと強く思えます。『先生の白い嘘』では風間俊介さんがこれ以上なく嫌悪感を抱かせる性加害者役に挑んでおり、彼のためにもインティマシー・コーディネーターの起用は必須といえるものでした。

その上で、「撮影当時にその判断をしてしまったが、多くの批判を受け、自分たちが誤っていたと謝罪した」という事実は前向きに捉えたいです。また、『先生の白い嘘』より以前にも、「性暴力やそれに類するシーンがありながらも、インティマシー・コーディネーターが関わっておらず(その頃にはその職業もなく)、俳優陣が適切に守られていなかったのだろう」と、思い返す作品もたくさんあります。

『先生の白い嘘』という作品と関係者をただ責め立てるのではなく、その問題が大きく扱われ、反省と謝罪がされた以上、この先の映像業界が変わるためにできることを考えるのが先決でしょう。
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インティマシー・コーディネーターを「入れればOK」でもない
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