主演のホプキンスの名演、そしてリアリズムを重要視した「再現」
胸の奥には苦悩を抱え続けながらも、表向きは明るくてチャーミングな晩年のニコラスを演じたのは、2度のアカデミー賞主演男優賞に輝いたアンソニー・ホプキンス。前述した回想形式の構成以上に、その表情や口調から子どもの命に対しての「誇り」と「後悔」がないまぜになった感情が読み取れるでしょう。 また、正確に複製された、ニコラスが制作した「スクラップブック」の存在も重要でした。美術チームは手触りから匂いにいたるまで、本物にできる限り近いものを作るほどのこだわりを見せていたそう。主人公がスクラップブックを手に子どもたちについて語るシーンは、特に印象に残るでしょう。1930年代のプラハとロンドンにタイムスリップしたかのような感覚が得られる美術や撮影も素晴らしく、そこで出演する子どもたちの多くは実際に地元のユダヤ人学校に通う子どもたちだったそうです。 そして、1988年のシーンには、実際にニコラスに救われた人々とその親族、それぞれの家族が「本人役」として出演していたのだそうです。しかも、実際にホプキンスが、出演者がニコラスに助けられた人々の子孫であると知ったのは、撮影当日だったのだとか。 ホプキンスは「子孫たちが入ってきた時の光景に胸を打たれ、センチメンタルにならないようにするのが大変でした。心を大きく揺さぶられました」と打ち明けており、それもまた劇中でまさに心が大きく揺れ動く主人公の姿とシンクロしているのです。
そのように、ホプキンスの名演もさることながら、もう「本物」とさえいえる美術や撮影、そして「当事者」のキャスティングも、本作の説得力と感動に大きく寄与しているのです。それこそが、この史実を劇映画にした最大の意義でしょう。
『関心領域』の劇中にも、英雄はいた
この『ONE LIFE』における主人公のニコラスは、スティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』で描かれたオスカー・シンドラーのような人物がイギリスにもいたのだと、知らない人に届けるという意義もとても大きいでしょう。そして「アウシュビッツ強制収容所の隣で幸せに暮らす家族」の姿を淡々と映すことが主だった『関心領域』でも、「英雄」と呼べる人物がいます。その1人が「リンゴを土に埋めるポーランド人の少女」です。
彼女はアレクサンドラ・ビストロンという実在の人物で、当時12歳だった彼女は夜間に収容者の作業場にリンゴなどの作物を隠し、飢えた人々を助けようとしていたそう。白黒が反転したサーモグラフィ映像を用いたのは、白く光っているようにも見える彼女の「エネルギー」を示す意図もあったのだとか。ジョナサン・グレイザー監督は生前の90歳となった彼女に会っており、劇中のバイクやドレスは彼女のものだったそうです。
そのアレクサンドラの行為が、子どもたちに読み聞かせるグリム童話『ヘンゼルとグレーテル』と重ね合わされるのは、同作の主人公たちがパンくずを帰り道の目印にするためにちりばめていたことにも似ているからなのでしょう。同時に、それは決して安易に童話に回収されるようなものではなく「現実の尊い行動」なのだというアンチテーゼ的な意味合いでもあると思います。
さらに、家だけでなくピアノもアレクサンドラの私物を借りて撮影したシーンでは、実際にアウシュヴィッツの収容者であったヨセフ・ウルフという人物による楽曲(その楽譜はアレクサンドラが缶の中から見つけたもの)が奏でられます。彼は生還後、ナチスの犯罪行為を世に知らしめようと活動していたそうです。
そのように、ただただ非人道的な迫害と虐殺に無関心(に振る舞おうとしている)人々の姿が描かれていた『関心領域』でも、自らの意思で苦しむ人のために利他的な行動をしていた人物はいた、というわけです。
そのような英雄は凄惨な歴史上の出来事の近くにいた、その1人が『ONE LIFE』のニコラスであるのだと、両者を見てこそ、改めて思うこともできると思うのです。
地道な行動をしていた英雄へのサプライズ
その『ONE LIFE』でニコラスが子どもたちを救うために取った手段は「難民家族のリストや受け入れの条件についての依頼をする」といった「地道」という言葉がふさわしいものでした。 戦争に参加する者ではない、暴力に頼らない優しさでこそ問題に立ち向かう者こそが、真に英雄たり得るのだという事実も目の当たりにできるでしょう。また、ニコラスは669人もの子どもを救ったと前述しましたが、日本のサブタイトルにあるのは「奇跡が繋いだ6000の命」。それだけの多くの命につながる理由はここでは伏せておきしょう。そして、文字通りの「サプライズ」にも大きな感動があることは告げておきます。
復讐をしていく真逆の物語の映画『フィリップ』も上映中
余談ながらこの『ONE LIFE』の公開と同時の6月21日から、同じくナチスによる迫害の歴史を描く映画『フィリップ』も劇場上映中です。
こちらは、原作がその内容の過激さから発禁処分となった小説で、ユダヤ人であることを隠して生きる青年が、恋人と家族を殺され、その復讐のためにナチス上流階級の婦人たちを誘惑していくという物語。刺激の強い性愛描写のために日本ではR15+指定となっています。
『ONE LIFE』の劇中で「この深刻な問題になぜ関わるのか」と聞かれ、祖父母からユダヤ人の血をひいていることを伝えるも、ただ「子どもたちを救いたい」と訴える主人公の言葉は強い印象を残しましたが、この『フィリップ』の主人公はそちらとは正反対といえるかもしれません。
ぜひこちらも『関心領域』と併せて、当時の苛烈な出来事および情勢における、さまざまな人の意思や行動を知るために見てみてはいかがでしょうか。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。