3:MVの意義や可能性を問い直す作品に
ニコニコ動画やYouTubeなど動画共有サイトの発展もあって、楽曲のMVは若者への訴求力もとても大きなものになっています。そして、本作はそのMVそのものの意義や可能性を問い直す作品にもなっていました。 MVは楽曲の世界観や歌詞のメッセージを視覚的に表現したり、楽曲について独自の「解釈」も付け加えることができます。そこにはもちろんクリエイターの「作家性」もあり、楽曲を作った人との解釈を「合わせる」ことも必要になるでしょう。しかし、前述したように、劇中では「夢」について正反対の立場の2人には、残酷なまでの「ズレ」があり、それはMVそのものの解釈についても同様。そのため、2人それぞれにとって「どうしようもない」とさえ思ってしまう問題にぶつかってしまうのです。 その先にあった、困難と葛藤を乗り越えた「答え」と「伝えたいこと」が、とてつもない感動を呼ぶのです。
何より、MVは通常、家のテレビや、スマートフォンやタブレットで見るものですが、この『数分間のエールを』では「映画館」でそのMVを見ることができます。
残酷だけど希望もある、青春と夢が交錯する物語の先にあった、映像と歌詞がシンクロし、細部まで作り込まれ、大胆な表現もされたMVを、劇場のスクリーンで見るということが、かつてない体験になると断言します。 なお、楽曲制作を担当するのはボカロPとしても活躍するVIVI、劇中の教師の歌唱を手掛けるのはシンガーソングライターの菅原圭(声の演技は伊瀬茉莉也が担当)。そのパワフルかつ繊細にも感じられる楽曲および歌声もまた、物語に多大な説得力をもたらしていました。
4:脚本家・花田十輝らしさもまた凝縮
さらなるトピックは、本作の脚本家が花田十輝であること。多数の人気アニメの脚本およびシリーズ構成を手掛けており、オリジナル作品では2018年放送の『宇宙よりも遠い場所』(AT-X・TOKYO MXほか)が大評判となったほか、現在放送中のテレビアニメ『ガールズバンドクライ』(TOKYO MX)も大きな話題を集めています。今回の『数分間のエールを』と共通する花田十輝の作家性は、夢を追い求めている、はたまた青春まっただなかの仲間たちの、いい意味で「面倒くさい」関係性も含めて、尊いものとして描いていること。
多数のキャラクターが織りなす群像劇も多いのですが、今回の『数分間のエールを』ではほぼほぼ2人だけ(大人びた友人と人気者のクラスメイトを含めれば4人)の関係性に絞り、しかも68分という時間で描き切っていたため、花田十輝の「らしさ」がもっとも「濃く」抽出されているともいえるでしょう。 その花田十輝は今回の『数分間のエールを』について、このようにコメントしています。
Hurray! のお三方が作ったPVに込められた、純粋で瑞々しい作ることへの情熱。その思いを濁すことなく、伝えることを心がけて執筆しました。ここにあるのは、
自分の声で、
自分の絵で、
自分の思いで、
誰かの心を動かしたい。折れそうな誰かの心を支えたい。そんな純粋な応援したいという気持ちです。是非、その思いを受け取って頂ければと思います。
この言葉通りの「純粋な応援」は、出来上がった作品から大いに感じられるはずです。さらに、映画冒頭の2人の主人公のモノローグは、それぞれのキャラクターの内面、そして花田十輝の「らしさ」も存分に発揮されているので、ぜひ聞き入ってほしいです。
ちなみに、花田十輝の脚本による作品以外でも、現在放送中の『夜のクラゲは泳げない』(TOKYO MX)も音楽とMV制作に挑む若者たちの青春物語として高い評価を得ていますし、さらには公開から1カ月をかけてリピーターを増やし続けているアニメ映画『トラペジウム』など、音楽や創作に挑む若者たちを描いたアニメ作品が同時多発的に世に送り出されています。合わせて見ても面白いでしょう。