世界を知れば日本が見える 第42回

アメリカで「アジア人差別」は本当にあるのか。フロリダ州で尋ねられた「お前は中国人か?」のひと言

第96回アカデミー賞授賞式をきっかけに、連日SNS上で物議を醸す「アジア人差別」問題。アメリカにおいて、アジア人は本当にさげすまれているのだろうか。(サムネイル画像出典:Peace-loving / Shutterstock.com)

「お前は中国人か?」

ただ幸いなことに、筆者はそうしたヘイトクライムを受けたことはない。だが日常の中で、「差別だ!」と言いたくなるようなシチュエーションは経験している。

例えば白人と一緒にいても、レストランであからさまにこちらを無視する怠慢な店員に遭遇したことがある。メキシコ系アメリカ人の友人と車に乗っていたとき、その友人が下手な運転をしているドライバーを見て「白人は運転がダメすぎる」「アジア人の女性の運転ときたら……」と冗談混じりに言うのを何度も耳にしたことがある。
 
また、フロリダ州の路上でキューバ系アメリカ人に「お前は中国人か?」と聞かれたこともある。「いや、日本人だ」と答えたら「お前の国は第2次大戦で頑張ったからいい」「バンザイ!」などと言われて握手を求められた。
 
アメリカはそんな国である。いろいろな人種がいて、それぞれがいろいろな思いで生活している。

ポリコレに厚く覆われたアメリカ

そして今回のアカデミー賞授賞式だ。授賞式で起きた俳優らによるアジア人差別とされるシーンは、率直に言えば、筆者はアジア系の被害妄想に近いとすら感じる。普段から感じている鬱憤(うっぷん)をこの出来事に乗じて主張しているのではないだろうか。
 
そもそも、アカデミー賞のような、ショービジネスで大成功を収めている有名人しか登壇しない、また集まらない場所で、世界中に放映される授賞式のテレビ中継のオンエア中に、俳優がアジア人をこれみよがしに無視するなんてことが起きるとは考えにくい。

奴隷制度などに端を発する酷い人種差別や、性別や性的マイノリティなどの問題について広く議論される多様性のあるアメリカは、いまやポリコレ(政治的に適切な言動を推奨すること)に厚く覆われていて、人種差別的な言動をとれば、一発で表舞台から葬り去られるだろう。イメージが大事なエンターテインメント業界では、そんなことはみんな分かっている。

アカデミー賞の騒動に対する「アメリカの反応」

アメリカの大手メディアでは、あまりこのニュースは報じられていない。アカデミー賞での問題のシーンが人種差別的で不自然だと感じていないからである。結局は、SNSやブログで一部の人たちが騒いでいる印象だ。
 
つまり、この件については、俳優による人種差別的な行動がニュースになっているのではなく、「これこそアジア人が日常受けている人種差別の仕打ちだ!」と指摘する人がいる騒動自体がニュースになっている。

SNS上での「差別」に対する同調意識

実は今回のような現象は、SNSに存在する特徴であり、SNSが抱える憂慮すべき現象であるとも言える。世の中はそれほど騒いでいないのに、SNSを頻繁に見て、自分が興味のある人やニュースばかりを見ている人たちは、いつの間にか同調者しかいない「大きな泡の中」に入ってしまう。これは「フィルターバブル」と呼ばれる。
 
そして、そのバブルの中で、「そうだ、そうだ!」と同調する人たちだけの声が響き渡る「エコーチェンバー」という現象が起きる。それを見た人は、「こう思っているのは私だけではない」として他人の発言に乗っかってしまう。
 
ところが、冷静に考えると、その元となる発言や出来事の実態も不明である。例えば、SNSでは、100人生徒がいるクラスの中で「このクラスはなんだか居心地が悪いな」と感じた1人が「このクラスは空気が悪い」と匿名で広く拡散させることができる。そして、それを自分の経験や意見などを踏まえて都合よく解釈してあおりに参加する人がバブルの中に入ってくる。これがSNSというメディアの重要な特性であるが、それを織り込み済みとして投稿を見ることができない人が少なくない。
 
今回の人種差別の話も、過去に、自分自身が主観のみで「これ、差別じゃない?」と感じたことを、無条件で「差別」として同調者に共有することで、一部の同調者たちの間で盛り上がっているように見える。

誰もが差別意識を抱えていることもまた事実

海外経験が長い者から見ると、特に「単一民族国家」と言われてきた日本で育った日本人は、アメリカのような多様性のある社会には免疫がないため、その中に実際に暮らしてみるとちょっとしたことで敏感に「差別された」と感じてしまうふしがあることは否めない。
 
今回、アカデミー賞の騒動を受けて、SNSではアメリカに暮らす日系人による「会社などでもアジア人だから仲間はずれにされることはしょっちゅうある」というような書き込みを目にしたが、それについても本当にアジア人だから仲間はずれになったのか疑問だ。

一般論で言えば、例えば、社交的でなかったり、物静かでおとなしかったりする人なら、どこの国にいようが、組織内で声をかけられにくいこともあるかもしれない。また、これは日本で生活する日本人の間でも同じで、意図的ではなく仲間はずれになるようなシチュエーションは起き得る。
 
人種などが原因となる差別は、程度の大小はあれど、どこにでもある。人の頭の中をのぞき込めば誰もが、意識的、または無意識に、人種で差別を行ってはいないだろうか。そしてそれが表に出てしまうヘイトクライムも確かに存在するし、増加すらしている。

ただそれをこれまで以上に、表に出してはいけない社会の空気がポリコレという名のもとに定着しつつあることも忘れてはいけない。特に、イメージビジネスのエンターテインメント業界において、それは顕著なのではないだろうか。
 
この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。

X(旧Twitter): @yamadajour、公式YouTube「スパイチャンネル
 
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