過去にはSNSの精子取引でのトラブルになった事例も
ヨウジさんの元には、日々精子提供を求める女性からの連絡が届く。しかし、このようなSNSでの精子提供がトラブルに発展したケースも。2021年、SNS上で精子提供を受けて出産した30代の女性は、精子提供を受けた男性が国籍・学歴などを偽っていたことで精神的苦痛を受けたとして、約3億3000万円の損害賠償を求めた裁判を起こした。
女性は、男性が日本人で京都大学卒だと信じ、性行為による精子提供を受けていた。しかしその後、本当はその男性が中国籍で別の国立大学卒、さらに既婚者だったことが発覚した。女性は子どもを出産したものの、現在も児童福祉施設に預けている。
このトラブルについて、ヨウジさんはこう語る。
「僕は精子提供をした女性とトラブルになったことはありません。でも、僕が精子提供をした女性の中には、別の男性に精子提供をお願いしたら、卑猥(ひわい)な言葉を投げかけられ、強引に性行為をさせられそうになったという話は聞いたことがあります」
確かにSNSで「#精子提供」と検索すると、明らかに性行為が目的だと思われる投稿も目に付く。一方でヨウジさんがシリンジ法で精子提供を行っているのは「精子提供を受けたくても受けられない女性のため」だと語る。
「日本の公的な精子バンクを利用するためには、夫婦でかつパートナーが無精子病であるという条件があります。現在では、民間の精子バンクもあるようですが、僕が精子提供を始めた数年前はほとんどなかったし、個人間でやりとりするほうが楽だなと思って」
ヨウジさんは、自身のプロフィールについて、名前や住所などの個人情報は非公開。身長や、体重などの基本的な情報、IQや運動テストの結果、学歴、アレルギー、病歴、精液検査結果などはSNS上に公表している。
このSNS上でのプロフィールに、うそはないのか。
「匿名でやっている以上、僕が開示している情報のすべてが真実かどうか、証拠を提示するのは難しい。そこを理解していただいた上で、精子を提供しています」
多様化の裏で増えるSNSでの精子提供
日本の現行の法律では、精子をもらったり、買ったりする行為は規制されていない。SNS上では、精子提供を求める女性の声も多くみられる。現状、公的な精子バンクが利用できるのは「法的に婚姻した夫婦」のみ。精子提供を求める女性のSNSのプロフィールを見てみると、アラサー以降で、結婚願望がなく、選択的シングルマザーを希望する女性が多かった。
多様性社会が進む中、SNSでの精子提供により、今まで子どもを授かることを諦めていた人たちが、子どもを考えることができるようになったポジティブな面はもちろんある。
しかし、精子提供をする人の投稿の中には、あきらかに性行為を目的としたものや、真偽不明のプロフィールをSNS上に公開したうえで、高額な金額で精子を売りつけようとする内容も見られる。個人間の精子提供には大きなリスクが潜んでいることを忘れてはいけない。
この記事の筆者:毒島 サチコ プロフィール
ライター・インタビュアー。緻密な当事者インタビューや体験談、その背景にひそむ社会問題などを切り口に、複数のWebメディアやファッション誌でコラム、リポート、インタビュー、エッセイ記事などを担当。