【連載:どうする学校? どうなの保護者?ーVol.10ー】
監督やコーチはお父さんで、お茶当番はお母さん。これまで少年サッカー・野球チームの多くは、大人たちによる明白な性別役割分業のもとで運営されてきました。
見慣れた光景ですが「おかしいよね」と感じる人も増えています。最近は部員獲得のため、お茶当番を廃止する少年野球クラブの話も、ときどき聞くようになりました。でも、サッカーではあまりそういった動きを聞かないな……と思っていたら。
先日会った女性が、意表を突く行動を起こしていました。母親で、かつサッカー未経験ながら、自らコーチになって父親や子どもたちと共に校庭を駆けまわっているとのこと。
その手があったか……! いや確かに問題は「母親のお茶当番」だけではありません。監督やコーチが男性ばかりで、参加する子どもが男子に偏っている点もアンバランスです。
なのに「母親がコーチになる」という解決法は、ちょっと思い付きませんでした。「そんなのムリ」という思い込みが、恥ずかしながら筆者にもあったのかもしれません。
母親コーチ、実際やってみてどうなんでしょうか? 早速、根ほり葉ほり聞かせてもらいました。
「あっち側」に行けば、やめようと言いやすいと思った
東京近郊に住むサホさん(仮名)は、小学生の子を持つ母親です。息子が入ったサッカーチームは週1回練習を行っており、指導するのは数人の監督やコーチたち。全員父親で、母親はノータッチです。ただし、試合のときだけは母親たちで「お茶当番」を組み、巨大なジャグにお茶を作って会場に持ち込み、監督やコーチ、お茶が足りなくなった子どもたちに「お茶出し」するのがコロナ前までの習わしでした。
「各自必要な量を、自分で用意して飲めばいいのでは? そもそも監督やコーチが父親ばかりで、お茶出しは母親がするという状況自体どうなのか」
そんな疑問を感じていたサホさんは、自ら「コーチになろう」と思い立ちます。母親の立場から「お茶出しやめますね」とは言い出しにくいですが、「自分があっち(コーチ・監督)側に行けば、やめようって言いやすい」と思ったからです。
サッカー、やったことあったんですか? と尋ねると「ないです」とサホさん。昔はテニスをやっていたそう。球技という点は共通ですが、なかなかのチャレンジャーです。
ただ、これまでも「大きな大会で女性コーチや審判を見かけることはあった」ため、母親がコーチになることをサホさんはそう特別に思っていなかったのかもしれません。
周囲の反応はどうだったのでしょうか。
「コーチのお父さんたちは『あ、どうも……』という感じでした。内心、驚いていたかもしれません。仲のいいお母さんたちには先に話していたんですが、言ってなかった人は、私がコーチをやっているのを見て、状況を飲み込めずに戸惑っていたようです」
多分みんな、かなりびっくりしたんじゃないでしょうか。そんな中、サホさんは自然とチームになじんでいったようです。
「始めたばかりの頃のミニゲームで、お手本のようなシュートがたまたま決まっちゃって。子どもたちには『おぉ』って言われて、監督にもすごく褒められました。でも完全なビギナーズラックで、その後は全然……」
で、問題の「お茶当番」はどうなったのかというと。今もなくなってはいないものの、母親たちの負担は、かなり減らせたようです。
コーチになったサホさんが「お茶は自分で持っていくので、私の分は用意しなくていいです」と宣言すると、1人のコーチ(父親)も「私も自分で」と続いてくれました。が、ほかのコーチたちは「どっちでもいい」と言ったため、お茶出しは続いているそう。
ただし、ジャグでお茶を用意するのはやめて、ペットボトルのお茶を部費で買うことにしたため、母親たちは「だいぶラクになった」と喜んでいると言います。ここ数年は自らお茶当番を買って出る父親も増えており、以前とは雰囲気が変わってきました。
「本当はお当番を完全になくしたかったんですけれど。保護者の中には『ボランティアで指導してくれる監督やコーチに感謝を示す方法がなくなってしまうので、残したい』という意見も根強くありました。スポーツ少年団でのお礼・謝礼の方法は、課題ですね」
そこは確かに、考えどころです。でも、感謝を伝える方法は「お茶出し」以外にもいろいろとあるでしょう。なるべく負担なく、かつ気持ちよく「ありがとう」を伝える方法を、これからも探っていきたいところです。
指導者の多様性が子どもたちにもたらしたもの
一方で、思わぬ変化もありました。以前は学年に1人いるかどうかだった女子部員が、サホさんがコーチになってから少しずつ増えてきたのです。1年ほどたった今は、男女の比率がほぼ半々くらいだとか。「最初の頃、女の子はよくシュートのとき男子にパスを回していました。でも最近はそういうことはなくなって、女の子も自分でいくようになったし、男の子が女の子を見下すようなこともなくなって。以前は『試合は男女別々がいい』という声もあったんですが、今は誰もそういうことは言わないし、本当に性別関係なくプレーしています」
なぜ、そんなに女子部員が増えたのか。聞くと、以前は練習のとき子どもたちを見る大人が父親だけだったそう。そこへ母親が1人入ったため「親が安心して女の子を預けやすくなったのでは」と、サホさん。
こんな背景もありそうです。運動が好きで、何か競技をやりたいと思っている女の子は、もともと男の子と同程度はいたはずです。でもサッカーは男の子ばかりだし、監督やコーチも男性ばかりだから、女の子は「やりたい」と言い出しづらく、また親も「やらせづらい」と思っていたのでは。
そこへサホさんがコーチとして登場したおかげで、女の子も我慢する必要がなくなった、ということかもしれません。さらに「女の子は仲のいい子を呼びこんでくる口コミ力も高い」と、サホさんは言い添えます。
「ほかのコーチは技術的なアドバイスや、げきを飛ばすシーンも多いので、私は『あれができるようになった』『これができるようになった』って、褒めるところをやっています。女の子たちは最初『私なんて下手だし』みたいに卑下する発言が多かったんですが、今は少なくともサッカーに来ているときは、そういうことを言わなくなりました」
身近な指導者の中に多様性があることは、子どもたちの心に、とてもいい影響をもたらしているようです。
来春子どもが小学校を卒業したら、コーチを引退するというサホさん。せっかく誕生した母親コーチがいなくなってしまうのは惜しいですが、最近「私も(コーチを)やってみようかな」という母親が出てきているのだとか。ぜひ、続いてくれるとよいのですが。
保護者たちの意識は、なかなか変わらないようで、少しずつ変わってきてはいるのでしょう。10年ほど前、「父親のお茶当番も認めてほしい」と上級生の保護者にかけあった筆者の友人は「退部を促された」と嘆いていました。さすがに今はもう、そんな話は聞きません。
今の子どもたちが大人になる頃には、どうか、もっといい方向に進んでいることを祈ります。
この記事の執筆者:大塚 玲子 プロフィール
ノンフィクションライター。主なテーマは「PTAなど保護者と学校の関係」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』『ルポ 定形外家族』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』ほか。ひとり親。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。