『警部補ダイマジン』で見せた冷徹さに視聴者震撼
癒し系のルックスと知的なオーラで、幅広い層に人気の向井さん。現在放送中の『パリピ孔明』では現代に転生した天才軍師・孔明をひょうひょうと演じ、バーテンダー経験を生かした演出も大いにSNSをにぎわせています。いっぽう近年、人間の“一筋縄ではいかない奥深さ”を感じさせる演技で、新たなファンを獲得中です。
例えば7月クールの『警部補ダイマジン』で演じた警視正役では、正義の側で活躍していたのが、最終回近くで冷徹な笑みを浮かべながら“まさかの”裏切り!……と見えるシーンがあり、視聴者の間で動揺が走りました。
「あそこは、結果的には(視聴者を)ミスリードするシーンでしたね。台本を読んだ時に、(どんでん返しの多いストーリーの中で)ここは僕がミスリードするターンなんだな、と思ったので、そのためにはどんな表現をすれば一番効果的だろう。ただ“悪い顔”をすればいいというものでもないな、と考えました」
この時に限らず、どの作品でも撮影まで“台本はすごく読みます”という向井さん。その瞬間にとってベストな表現を、じっくり考察した上で撮影に臨むタイプのようです。人間一人ひとりをステレオタイプではなく、多面的な存在としてとらえるその姿勢に影響を与えたのは、大学生の頃に観た1本の映画でした。
いつか演じてみたい、映画『セブン』のラストシーン
「デヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』。あれは傑作だと思います。いつでも思い出せるくらい、(頭の中に)残っていますね。キリスト教の“七つの大罪”がモチーフになっている連続猟奇殺人事件を、モーガン・フリーマンとブラッド・ピットが演じる2人の刑事が追っていくんですが、ストーリーも秀逸だし、全編雨で、最後だけ晴れるという設定もうまいんです。
でも一番衝撃的なのが、そのラスト。警察ものって普通、分かりやすく、きれいに終わることが多いけれど、この作品は勧善懲悪ではなく、“汚い”終わり方をするのがすごく生々しくて。本来、人間ってこうなのかもしれない、という描かれ方に、“そう来たか!”と衝撃を受けたし、俳優になってからは、(リメイクされたら)ブラッド・ピットが演じたこの役、やりたいな……と、ずっと思っています。実現できていませんけれど(笑)」
という向井さんですが、最新作の舞台『リムジン』では、ある田舎町でごく平凡に生きる主人公が、1つのうそをついたために追いつめられていくさまを、リアルに、ある意味『セブン』以上の生々しさをもって演じます。
自らのうそに追いつめられる人間を生々しく緻密に
「僕が演じる康人は、東京からUターンして家業の工場を継いだ男。工場組合長に“次の組合長にならないか”と目をかけられ、運転手付きのリムジンに自分も乗れるようになるのかも、という思いがよぎるのですが、ある事件が起こった時に、とっさにうそをついてしまう。そしてそれが自分を縛っていくことになります。
おそらく、観ている人からすれば“(真実を)言えばいいのに”と突っ込みたくなるような状態が続くのですが、地域社会に住んでいる康人にとっては、リムジンが象徴するエンブレムみたいなものは余計に大きく感じられて、あれが手に入らなくなってしまう、とも思うし、羞恥心だとかいろんなものがないまぜになって、言えない。“言えない人の葛藤”をどう演じるか、というのが、今回の課題になってくるのかな、と思っています。
お芝居は5場まであるのですが、4場あたりに来ると康人はちょっと狂気に駆られてきて、やり方によっては『サイコ』っぽくなるかもしれません。行き過ぎるのは分かりやすすぎてやりたくないけれど、ちょっとだけ片鱗を匂わせると、(人間像の)奥行きが広がるんじゃないかな。観た人が“あれは何だったんだろう……”と、何か心にひっかかるような作品になったらいいなと思っています」
派手なアクションやビジュアルで見せるタイプではないからこそ、“揺れ動く心”をじっくり堪能できる舞台となりそうです。
「(5月まで出演していた)『ハリー・ポッターと呪いの子』のような、魔法がたくさん出てきて目を奪う……というのとは全く違うものになるでしょうね。小さいものを一つひとつ積み重ねてゆくことで“人間”が見えてくるのが、こういう会話劇の面白さであり、難しさだと思います。
例えば、今回の台本のト書きには“曖昧に”という表現がいくつか出てくるのですが、それが気まずさによる“曖昧に”なのか、相手に同意しておいたほうがいいから“曖昧に”なのか。ちょっとギアが違うと全然違う芝居になってしまうので、開幕してからも気は抜けません。よく、初日がいいと翌日はそれを超えられない、みたいな話を聞くので、そんなことにならないように、と思っています」
40代の今はまだ、経験を積む日々
多彩な作品で活躍する向井さんですが、“次はこういう作品を”と自分から意識しているわけではないそうです。
「でも、常に“新しい人と仕事をしてみたい”という気持ちはあります。今回も、倉持さんの作品に出るのは初めてということもあって楽しみでした。自分としては、(40代に入った)今はまだ、経験を積む段階だと思っています。50代、60代を乗り越えていくには、もっと引き出しを増やしていかないといけないな、と。
その先に何があるのか……は、その時になってみないと分かりませんが、(70、80代になっても)まだ芝居ができていたら幸せでしょうね。(大先輩の)伊東四朗さんや岸部一徳さんは、僕らでも音を上げるような長いセリフが普通に入っていらっしゃって、すごいです。ごく一握りの人にしかできないことですよね。今の自分は目の前の作品を、一生懸命やるだけです」
向井 理 プロフィール
1982年神奈川県生まれ。バーテンダーとして勤務中にスカウトされ、芸能界デビュー。NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』、NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』等でブレイクし、エランドール賞新人賞、橋田賞などを受賞。最近の出演作に舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』、映画『イチケイのカラス』、テレビドラマ『警部補ダイマジン』『パリピ孔明』がある。
<公演情報>
『リムジン』11月3~26日=本多劇場、11月29日=富山県民会館ホール、12月2~3日=Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール、12月7日=市民会館シアーズホーム夢ホール、12月9~10日=久留米シティプラザ ザ・グランドホール、12月14日=JMSアステールプラザ 大ホール、12月16~17日=梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ