ドラァグクイーンの「絵本読み聞かせ」に関する、東京都現代美術館の“声明”に称賛の嵐。一体なぜ?

ドラァグクイーンが子どもに絵本を読み聞かせるイベントへの一部の批判の声に対し、東京都現代美術館が毅然と擁護する声明を発し、称賛されました。

   


7月23日、東京都現代美術館で「ドラァグクイーン・ストーリー・アワー 〜ドラァグクイーンによるこどものための絵本読み聞かせ〜」が開催されました。

同企画は、SNS上での事前の告知投稿に対し「子どもに悪影響」などといった差別的なコメントがたくさん寄せられながら、それに対して美術館側が毅然とドラァグクイーンを擁護する声明を発したことでも話題を呼びました。

本記事では、ドラァグクイーンの読み聞かせの歴史について振り返りつつ、東京都現代美術館が異例の声明を発したことの意義をお伝えします。
 

ドラァグクイーンの読み聞かせの歴史

2015年にサンフランシスコで始まった「Drag Story Hour」は、ドラァグクイーンたちが図書館、学校、本屋などで子どもに絵本の読み聞かせを行うプログラム。

子どもたちに「ジェンダーは固定的なものではない」と気付いてもらうなど、クィアのロールモデルを示すことを目的とし、たとえ自身が性的マイノリティ(クィア)ではないとしても、性の多様性を尊重できる人に育ってほしいという願いが込められています。

読み聞かせを行っているドラァグクイーンのチョルーラ・レモンは、自身の内にある女性らしさを受け入れるのに長い時間がかかったと語っています。「自分が子どもの頃にクィアのロールモデルに出会えていたら、もっと早く自分を受け入れられたかもしれない」という思いが、読み聞かせを行うモチベーションになっているそうです。

保守的なアメリカ南部のケンタッキー州で生まれ育ったダイアナ・レイ・エリスは、幼い頃に見たドラァグクイーンが主人公の映画がきっかけでドラァグクイーンになり、子どもたちに「ありのままのあなたで大丈夫だよ」と伝えたいとの思いから、読み聞かせに参加するようになりました。

アメリカのテレビ番組 『ル・ポールのドラァグ・レース』などのおかげもあって、ドラァグクイーンのパフォーマーとしての素晴らしさが広く認知され、さまざまな場所で活躍するようになったということが、この子ども向けの読み聞かせを可能にしたといえるでしょう。
 
「Drag Story Hour」はニューヨークなどアメリカのほかの都市でも行われるようになり、やがてカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フランス、ドイツなどにも広まっていきました。

日本でも「Drag Story Hour」に公認された団体「ドラァグクイーン・ストーリー・アワー 東京 読み聞かせの会」が、2019年から各地で読み聞かせのイベントを開催しています。
 

アメリカで規制も。ドラァグクイーンに対し、にわかに高まるバッシング

2023年の3月頃、アメリカでドラァグクイーンのショーを規制しようとする動きがあるというニュースを知ったとき、筆者は目を疑いました。テネシー州のビル・リー知事が3月2日、ドラァグ・ショーを制限する法案に署名したというのです。

法案は、公共施設や「成人でない人が見る」可能性のある会場でのドラァグ・ショーを禁止しており、公共の場でドラァグ・パフォーマンスを行った者は軽犯罪、繰り返し行った場合は重罪の対象とされています。禁固刑ならびに罰金という重い刑です。

共和党のジャック・ジョンソン上院議員は、この法案は「未成年の観客には不適切な、性的に露骨なドラァグ・ショーから子どもたちを守る」ことを目的としていると述べています。2023年に、アメリカで「女装罪」が成立したことに驚がくさせられますし、暗澹(あんたん)たる気持ちにさせられます。

ドラァグクイーンに「危険な存在」というレッテルを貼って規制しようとする動きは、ほかの州でも同時多発的に起こっており、その矛先はドラァグクイーンによる絵本の読み聞かせイベントにも向かいました。
 
3月にポートランド近郊で行われた読み聞かせイベントには、「ドラァグクイーンの読書会は児童虐待」「あらゆる形態の同性愛や男性が女装をするようなことは神の掟に反する」などと書かれたプラカードを掲げて抗議する人たちが押しかけ、爆破予告さえありました。

抗議するキリスト教保守派の団体は「ドラァグクイーンは性的な関心に訴える成人向けのパフォーマンスを行っている」「幼い子どもに性自認に関する話題を教えるべきではない」などと述べていたそうです。
 

トランスジェンダーへの差別が横行し始めたことも要因か

なぜ今、宗教保守の人たちが「子どもに悪影響を及ぼす」などといってドラァグクイーンを攻撃するようになったのでしょうか。

こうしたバッシングの前段階として、2016年頃から始まったトランスジェンダーへの攻撃がありました。『最も危険な年』という映画で詳しく描かれていますが、2015年にアメリカで婚姻平等(同性婚)が実現した後、アンチLGBTQの宗教保守の人たちは、攻撃の矛先を同性婚からトランスジェンダーに切り替えたのです。

共和党の政治家が多数を占めるような保守的な州で、自認性でのトイレ利用を禁止したり、トランスジェンダーのスポーツ参加を禁止したり、若いトランスジェンダーに二次性徴抑制剤や性ホルモン剤を処方することを禁じたりするなど、いやがらせのような州法を成立させようとする動きが激しくなりました。その延長線上にドラァグクイーンへのバッシングがあるのです。

「幼い子どもに性自認に関する話題を教えるべきではない」という主張からもうかがえるように、彼らの目にはドラァグクイーンもトランス女性も同じように見えているのでしょう(ドラァグはパフォーマンスであって、性自認の話ではありません)。

実際、ドラァグクイーンとトランス女性はずっと前から一緒に闘ってきたPRIDEの体現者だったのですが、それにしても、これだけ人気を博しているドラァグクイーンを叩くとは……。いや、人気が出たからこそ、「出る杭」を打っているのかもしれません。本当に憂うべき状況です。


>次のページ:東京都現代美術館の声明は、どんな点が意義深いのか
 
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