トランスジェンダーの性別移行には、長い時間がかかる
性別移行にはものすごく時間がかかります。自分はトランスジェンダーだとはっきり自覚する前に、世の中の男性らしさ/女性らしさの規範にうまく適応できないのが問題なのではないかと悩む人もいれば、自分は同性愛者なのではないか、などと考える人もいます。また、トランスだと認めるのが怖いと感じて否認してしまう人、認めるのに時間がかかってしまう人、こんな見た目の自分がトランスしたところで、世間に受け入れられるだろうか……と苦悩する人もいるのです。
ようやくトランスジェンダーとしての自分を認めることができて、クリニックに通い始め、“性同一性障害”という診断を受けても、すぐに性別適合手術(性別再指定手術)を受けて戸籍の性別の変更ができるわけではありません。
多くの人は、手術を受ける前に、ホルモン療法によって少しずつ体を変えていきます。手術には多額の費用が必要ですし、長期の休みを取らなくてはなりません。手術できる病院は限られているので、予約がいっぱいで、何年も待たされるという話もあります。
特にトランス女性の多くは本当に苦労していて、周りからどのように見られるか……と日々不安を感じながら、社会生活に支障がないよう慎重に、少しずつ見た目の性別を変えていきます。このように性別移行とは、一筋縄ではいかず、5年、10年もかけて行うものなのです。
“性同一性障害”という概念は、現在では使われなくなった
ちなみに、“性同一性障害”という概念は2022年、WHO(世界保健機関)の「国際疾病分類(ICD)」の改訂によって消滅しました。改訂後のICDでは、「性の健康に関連する状態」の中のGender Incongruence(性別不合)という項目に分類され、「個人の経験する性(gender)と割り当てられた性別(sex)の顕著かつ持続的な不一致によって特徴づけられる。ジェンダーの多様な振る舞いや好みだけでは、このグループとして診断名を割り当てる根拠にはならない」とされました。
なお、「性別不合」という言葉は仮訳で、まだ日本語として定着していないこともあり、現状では「性別違和」が多用されています。これは、2013年にアメリカ精神医学会が発行した「精神障害の診断および統計マニュアル(DSM)」第5版に記載された言葉です。日本でも今後、世界の趨勢(すうせい)に合わせ、“性同一性障害”特例法を見直し、「性別記載変更法」のような医学モデルではなく、人権モデルに基づく法律の整備が期待されます。
たとえ性別適合手術を受けた人であっても、結婚していたり、未成年の子どもがいたりすれば、戸籍の性別を変えることが認められないため、マイナンバーカードなどのIDと見た目の性別が異なることになってしまいます。
その結果、本人確認が求められる場面で不審者扱いされたり、病院などで本名をフルネームで呼ばれると周囲から奇異の目で見られたり、性別適合手術済みですっかり女性になっているにもかかわらずスポーツジムで女子更衣室の使用を断られたり(過去に裁判になっています)、さまざまな困難に直面しがちです。
不妊手術を受けること、婚姻していないこと、未成年の子どもがいないことなどの厳しすぎる要件が撤廃され、法的性別変更が欧米並みにスムーズにできるようになれば、こうした問題の解決につながることでしょう。
メンタルヘルスや性被害の問題も
メンタルヘルスの問題も深刻です。多くの“性同一性障害”の人たちを診察してきた針間克己医師らの報告によると、希死念慮を抱いたことがある人はトランス男性で57.1%、トランス女性で71.2%、実際に自死を企てたことがある人はトランス男性で9.1%、トランス女性で14.0%にも上っています。
同様に多くの“性同一性障害”の人たちを診察してきたGID学会理事長の中塚幹也岡山大学教授は、ジェンダークリニックを受診する人の約6割が自殺願望(自殺念慮)、約3割が自傷・自殺未遂の経験を持っていると報告しました。
今後、法的性別変更のハードルの高さや、社会の無理解・偏見・差別が解消されていけば、追い詰められて自死へと至るような悲劇も減っていくことでしょう。
また、性被害の問題もあります。宝塚大学看護学部の日高庸晴教授が2019年に実施した調査では、トランス女性の57%、トランス男性の51.9%が性暴力被害の経験があると回答しています。これは、とんでもなく高い数字です。
トランスジェンダーが被害に遭った場合、偏見や無理解ゆえに警察や支援機関などで二次被害を受けることもあります。相談しにくいことにつけこんで暴力をふるう加害者もいるのです。
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