旅行や通勤でお世話になっている電車や特急列車たち。その中には鉄道車両設計の専門家はもちろん、建築家、カーデザイナー、プロダクトデザイナー、ファンションデザイナーなど、さまざまなクリエーターが設計・デザインに携わったものが数多くあります。
この夏はデビューしたばかりの東武鉄道・新型特急「スペーシアX」が話題です。そのほかにも建築家・妹島和世さんがデザインした西武鉄道の「ラビュー」、建築家・岡部憲明さんが設計した小田急「ロマンスカー」も人気です。デザイン性が高く、カッコいい最新型の電車を、首都圏の私鉄特急列車を中心に年代が新しい順に紹介します。
東武鉄道・N100系「スペーシアX」(2023年)
2023年7月15日にデビューした東武鉄道のフラッグシップ車両です。デザインは鉄道車両を数多く手掛ける日立製作所の研究開発グループ・デザインセンタです。近年デザインされた列車は、有名建築家や外部デザイナーに頼む傾向がありますが、「スペーシアX」は鉄道車両メーカーのインハウスデザイナー(自社の設計者)を中心に編成されたチームが設計を担当しています。
車内は通常の座席、個室、ソファが配置されたラウンジタイプなど6パターンのシート構成で、中でも6号車にある定員7名の個室「コックピットスイート」は私鉄特急最大で11平米もの広さがあります。1990年に運用開始した「東武100系スペーシア」のコンセプトや意匠を継承しつつアップデートされた列車で、東京エリアから日光へ快適な旅ができます。
西武鉄道・001系「ラビュー」(2019年)
「ラビュー」は東京・池袋駅と西武秩父駅を77分で結ぶ特急電車。建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」受賞者の建築家・妹島和世さんがデザイン監修した車両です。デビュー当時は鉄道ファンだけでなく、建築やインテリア関連の人々の間でも話題となりました。
先頭の3次曲面のガラス、つや消しのアルミ色仕上げ、大きな窓、天井に仕掛けられた間接照明、体を包み込むようなラインで作られた椅子、パウダールーム、広々としたトイレ……。これらは先進的な建築物や快適な住宅のリビングルームを思わせます。
西武鉄道は100周年を記念して作られる次世代の特急列車を「いままでに見たことのない新しい車両」にする、という意気込みで車両設計者を選定。その結果、あえて鉄道車両設計の経験のない妹島さんに依頼することを決定します。その狙い通り、新規性の高いシャープでかわいいデザインの人気車両に仕上がりました。
相模鉄道・12000系(2019年)
東京の渋谷駅や新宿駅にも乗り入れ、「相鉄(そうてつ)」の名称で親しまれている相模鉄道(神奈川県)の車両で、プロダクトデザイナーの鈴木啓太さんがデザインを担当しています。
相鉄は創立100周年の2017年に「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」と銘打ち、デザインでブランド力を向上させる総合的なCI計画を打ち出します。その一環で横浜の海をイメージした「YOKOHAMA NAVYBLUE(ヨコハマネイビーブルー)」と名付けた事業計画で濃紺色に車体を塗り上げるなど、新旧の車両のデザインを見直しています。
デザインブランドアップで作られたこれらの落ち着いた紺色とレトロ感のある相鉄の車体は乗り入れた都心部の駅や沿線でも注目される存在になっています。
小田急ロマンスカー・70000系「GSE」(2018年)
小田急のフラッグシップ車両「GSE」は、関西国際空港などの設計で知られる建築家・岡部憲明さんのデザインで、赤系の車体色が旧ロマンスカーを連想させる外観です。愛称の「GSE」はGraceful Super Expressの略でGraceful(グレースフル)は「優雅な」といった意味を持っています。岡田さんは「GSE」のほかに、「MSE」と「VSE」というロマンスカー車両の設計も行っています。
「MSE」は「地下鉄を走るロマンスカー」で、これは日本初の地下鉄線に直通する座席指定の特急です。地下でも地上でも多彩な運行が可能な列車という意味で「Multi Super Express」と名付けられ「MSE」と呼ばれています。
岡部さんデザインによるホワイトボディが印象的なロマンスカー「VSE」は2005年から運用され大人気の特急でしたが、2022年3月に定期運行を終了。現在も不定期にイベント列車などとして運行していますが、2023年秋に完全に引退する予定となっています。
「VSE」という愛称は Vault Super Express(ヴォールト・スーパー・エクスプレス)の略です。「ヴォールト」は一般的に分かりづらい言葉ですが建築の用語で、かまぼこ状の天井や屋根などの呼称。ネーミングにも建築家の岡部さんらしさが出ています。
なお歴代のオールド・ロマンスカーの実車は小田急線・海老名駅近くにある「ロマンスカーミュージアム」で見学可能。今年の夏はこのミュージアムで2023年8月21まで「ロマンスカーらしいデザインって何だろう?」という特急列車を考える催し(※)が、京成、名鉄、西武、小田急の私鉄4社のコラボレーションで開催中です。
2023年8月7日には初代ロマンスカー・SE(3000形)が日本機械学会の「機械遺産」に認定されました。この車両も同ミュージアムに展示してあるので要チェックです。
東武鉄道・500系「リバティ」(2017年)
デザイン監修はカーデザイナー・プロダクトデザイナーの奥山清行さん。奥山さんはフェラーリ・エンツォフェラーリ、マセラティ・クアトロポルテなどのカーデザインも担当しています。2015年からJR山手線で運用されているE235系「山手線」の車両も、東武「リバティ」と同じ奥山さんのデザインで工業製品的な外観が魅力です。
奥山さんは首都圏と伊豆下田を結ぶ人気のJR観光特急「サフィール踊り子」(2020年)をはじめ、大阪メトロ・400系「中央線」(2022年)、ニューヨーク都市圏交通公社・M9形電車(2019年)など、鉄道車両のデザインも多数手掛けています。
京成電鉄・AE形「スカイライナー」(2010年)
服飾デザイナーの重鎮・山本寛斎さんが電車のデザインを監修したことで、十数年前の運行当時、かなり話題になりました。世界的に見ても服飾のデザイナーの鉄道車両設計はかなりレアケースです。山本さんは車両に「風」をイメージした形や色を採用し、乗務員の制服はもちろんロゴマークまでをトータルにデザインしました。
優れたデザイナーはジャンルに関係なく専門外の仕事でも完成度の高いものを作ることができることを証明してくれたプロジェクトです。山本さんが逝去した2020年に、京成電鉄が追悼と感謝の言葉を公式Webサイトで発表したことは記憶に新しい出来事です。
各地で展開されている優れたデザインの電車を楽しもう
首都圏を走るデザイン性の高い特急列車を中心に紹介しましたが、ほかにも通勤型電車、地下鉄、新交通システムなどを含め、数え切れないほどの種類のデザインされた車両があります。
>全15枚! カッコいい電車たちをじっくり楽しむ
日本の工業デザインを牽引してきたデザイン事務所「GKインダストリアルデザイン」は、名阪特急「ひのとり」(2020年)、JR成田エクスプレス「N'EX」(2009年)、JR東日本の中央快速などで活躍している通勤電車「E233系」(2006年)など、すぐれたデザインの車両を複数、設計しています。
関西では建築家・若林広幸さんが1994年にデザインした南海電鉄「ラピート」が30年近く走り続けています。またJR九州では、工業デザイナー・水戸岡鋭治さんによるデザインで1980年代末から現在に至るまで「D&S(デザイン&ストーリー)列車」と称するカッコいい列車が複数、運行しています。
全国各地の身近な電車には、デザイナーが絡んでいなくてもすてきな色や形の鉄道車両がたくさんあります。普段、見逃しがちな車両のデザインに注目して「推し」の電車や特急列車を見つけられれば、鉄道ファンじゃなくても鉄道の旅や日常の通勤通学がグッと楽しくなることでしょう。
この記事の筆者:喜入時生
美術大学卒業後、建築設計事務所でインテリア・住宅の設計・デザイン業務に携わる。その後、建築専門月刊誌等の編集者を経てインテリア・建築・住宅関連の編集者/ライターに。All About「インテリア・建築デザイン」ガイド。