フェンタニルがもたらす世界的オピオイド危機……米中の新たな火種にも

【薬物問題に詳しい大学教授が解説】2023年6月25日、国連は『2023年版世界薬物報告』を発表し、全世界で急増する薬物乱用問題に警鐘を鳴らしました。特に「医療用麻薬」の目的外使用による死亡事故は深刻です。ロバート・デ・ニーロさんのお孫さんの命も奪ったフェンタニルと、懸念される国際的な問題について解説します。

国連が警鐘を鳴らす、全世界で急増する薬物乱用問題

合成麻薬フェンタニルとは
全世界で問題になっている薬物の過剰摂取。中でもフェンタニルによる死亡者の増加が問題視されています

2023年6月25日、国連は『2023年版世界薬物報告』(参照:World Drug Report 2023)を発表し、過剰摂取(オーバードーズ)を含む薬物乱用が全世界で急増加して深刻化している現状を伝えました。
 

報告書によると世界の15~64歳のうち、2021年に薬物の不正使用を行った人数は2億9600万人と推計されたとのことです。対象薬物として最も多かったのは大麻、次いでコカインでした。また特に問題視されているのが、末期がん患者の痛みをコントロールするために使われる「医療用麻薬」が本来の目的を外れて使用され、身体的依存に陥った使用者が過剰摂取によって多数死亡している点です。
 

合成麻薬「フェンタニル」とは……複数の著名人の死因にも

医療用麻薬の中で特に乱用が急激に増えているのが、「フェンタニル」という合成麻薬です。麻薬性鎮痛薬としては、昔から使われてきた「モルヒネ」が有名ですが、モルヒネより副作用が少なく強い鎮痛作用が得られる薬として、1960年にベルギーのヤンセン社で初めて合成され、開発・実用化されたのがフェンタニルです。日本でも貼付剤を中心に用いられ、末期がん患者の緩和医療には欠かせない正統な医薬品です。ただし、麻薬であり、不適切な連用により身体的依存を形成しやすいため、近年急激に不正な使用数が増えて問題となっているのです。
 

薬物乱用というと、恵まれない貧しい国や地域ではびこるものと思われがちですが、フェンタニルの乱用は、北アメリカや東ヨーロッパの白人層を中心に広がってきました。つい先日、俳優のロバート・デ・ニーロさんの孫であるレアンドロ・デ・ニーロ・ロドリゲスさんが19歳という若さで亡くなった死因も、フェンタニルの過剰摂取であることが報じられました。それ以前にも、2016年4月には、歌手のプリンスさんが急死し、同じく死亡当時の体内から異常に高濃度のフェンタニルが検出されており、フェンタニルの過剰摂取が死因と考えられています。2017年10月に急死したロック・ミュージシャンのトム・ペティさんも、同じフェンタニルの過剰摂取が死因とされています。
 

アメリカ合衆国における麻薬汚染は、かなり前から問題になっていましたが、過剰摂取による死亡者数の増加が目立つようになったのは、1990年頃からです(参考:「1日300人以上が死亡…合成麻薬フェンタニルを中心としたアメリカ薬物問題の現状」)。当初は、モルヒネやコデインなどの古典的麻薬が対象でしたが、2013年ごろからは、上述のフェンタニルを中心とした合成麻薬の過剰摂取による死亡者数が急激に増え始めました。
 

アメリカ合衆国におけるフェンタニルの過剰摂取による死亡者は、2020年の1年間で5万人を超え、今回の報告では7万人を超えたと伝えられています。さらに最新の情報では、2022年の1年間で11万人に達したとのことです。想像してみてください。日本国内でも10万人以上の市は中都市と呼ばれ、多くの人が名前を知っているような規模の市です。フェンタニルという薬の過剰摂取だけで、そうした10万人規模の都市に住んでいる人が1年で全員消え去ってしまうほど、命を落としているのです。信じられないかもしれませんが、これは現実なのです。
 

世界的に広がる麻薬汚染……米中間の新たな火種になる懸念も

さらに、2023年6月23日にアメリカの司法省は、化学薬品を扱う「湖北アマーベル・バイオテク」など中国の4社が、メキシコの2つの麻薬組織にフェンタニルの原薬を密売していたとして起訴したと発表しました。世界的な麻薬汚染の広がりにメキシコや中国が関係しているという疑いは以前からありましたが、アメリカが公然と中国企業を起訴したのは、これが初めてです。米中間の新たな火種にもなるのではないかと懸念されます。
 

日本でも若者を中心に「オーバードーズ問題」(参考:「オーバードーズとは…社会問題化する市販薬の過剰摂取と問題点」)が広がりを見せています。アメリカだけにとどまらず、世界的な脅威となったオピオイド危機に国連が警鐘を鳴らしているという現状を、私たち日本国民もしっかりと受け止め、薬物乱用問題に真剣に取り組まないと、国が滅びてしまうかもしれません。もはや「対岸の火事」では済まないところまで事態は深刻化していることを多くの人に知っていただきたいと思います。
 

この記事の筆者:阿部 和穂
薬学博士・大学薬学部教授。脳科学と薬理学を専門とする研究者。東京大学薬学部卒業、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員、星薬科大学講師を経て、武蔵野大学薬学部教授。薬学博士。専門は脳科学と医薬。
 

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