「歌舞伎と宝塚歌劇が融合!? いったいどんな舞台なのだろう」と演劇ファンの間で伝説化していた『不死鳥よ波濤を越えて』が、44年ぶりに再演。明治座創業百五十周年記念公演・昼の部で上演中です(5月27日まで)。
初演は昭和54年。歌舞伎界の革命児として知られる三代目・市川猿之助さん(現・市川猿翁さん)が、空前の『ベルばら』ブームに触発され、宝塚歌劇団の植田紳爾さんに台本を依頼。平家の武将・知盛が実は壇ノ浦の合戦を生き延び、海を渡っていた……という歴史ファンタジーを、歌劇の要素を盛り込んで舞台化し、大きな話題を呼んだ作品です。
今回の公演は四代目・猿之助さん主演で3日に開幕しましたが、彼の休演にともなって20日、19歳の新星・市川團子(だんこ)さんが代役デビュー。猿之助さんのいとこ、中車さんの長男であり将来を嘱望される存在とはいえ、これまでこれほどの大役を経験したことのない團子さんがどんな知盛を演じるのか……。期待と不安が入り混じる独特の空気感のなかで、この日の舞台は開演しました。
歌舞伎役者自身が歌う、新鮮なオープニング
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり……」
グレゴリオ聖歌を思わせる荘厳なコーラスが『平家物語』の一節を歌い上げると、幕が上がり、平家の栄華が再現されます。厳島神社につどった白拍子(しらびょうし)たちはたおやかに舞い、やがて後方のセリから恋人・若狭とともに主人公・平知盛も登場。抒情歌を思わせる旋律に乗せ、知盛はゆったりと歌い始めます。
「風立ちぬ 春に舞う……」
歌舞伎では通常、長唄や清元などの邦楽家が唄を担うため、役者自身、それも主人公が歌うという“歌劇仕立て”はすこぶる新鮮。それに加えてこの日は團子さんの知盛デビューとあって、観客が固唾(かたず)をのんで見守るなか、團子さんは強い意志を秘めた目で宙を見つめ、恋人とともに羽ばたいていこう、というロマンティックなナンバーを、真っすぐな声で歌いあげます。
「どこまでも……」
最後の一音を歌い終えると、場内には大きな拍手が。これで“歌劇仕立て”としてのインパクトは十分とばかりに、主人公が以降、歌う場面はなく、舞台は声楽家たちの歌声に彩られつつ、おおむね通常の新作歌舞伎スタイルで進んで行きます。
所作の一つ一つに“基礎の蓄積”を感じさせる團子さん
みやびやかな光景から一転、戦乱のなかで恋人たちは離れ離れに。知盛は勇猛果敢に戦うも傷を負い、海上の小舟で自分の体に縄を巻き付け、碇(いかり)とともに海に沈もうとします。古典歌舞伎の「大物浦」(『義経千本桜』)のエッセンスを凝縮したようなシーンですが、「大物浦」は経験豊かなベテラン役者が、風格たっぷりに演じることの多い演目。若く、すらりとした体形の團子さんは線の細さこそ否めませんが、テンポの速い立ち廻りを含めて一つ一つの極まりをしっかりと見せ、幼少時から培ってきた基礎が、気迫のこもった演技を支える形となっています。落命寸前の知盛は、平家の交易国であった宋の水軍の将、楊乾竜(ようけんりゅう)に助けられ、廃墟と化した屋島に身を隠しながら若狭との再会を果たします。乾竜は知盛の才覚に惹かれ、宋に落ち延びさせようとしますが、船が到着すると思わぬ問題が発覚。一度は乗船をためらう知盛でしたが……。
一幕終わりには入江相政役・市川猿弥さん、難波盛広役・市川青虎さんのリードで人々が合唱。その歌詞にあるように周囲の人々の希望を背負いながら、知盛は二幕で新天地へと向かいます。しかし第三場であるトラブルが発生し、知盛は陰謀のターゲットに。この場で目を奪うのが、初演のデザインをできる限り再現したという、真っ白な中に金銀のラインをあしらったアラビアの王子様風?衣裳です。團子さんがしゅっと着こなしていることもあって、宝塚のトップスターさながらの輝きを放つ衣裳ですが、知盛が魅力的でなければその後の悲劇は避けられたのかもしれず、この白衣裳は何とも罪作りと言えるかもしれません。
“歌劇”味は将来、増してゆくかも!?
二幕では金国の宰相・武完というキャラクターが本作の“歌劇”味を一手に引き受け、劇団四季出身の下村青さんが、ダークなソロ・ナンバーで存在感を放ちます。また中村福之助さん演じる佐伯義澄ら、知盛の側近たちが故郷を思い、夜空を見上げながら思わず歌い、踊りだしてしまう場面には、感情があふれたときの人間の本能が見て取れ、“ミュージカルの原点”を感じさせます。
今回は“歌劇”味はやや抑えめでしたが、歌舞伎役者の中にはいわゆる“歌ウマ”、また実際にミュージカルに出演している方も少なくなく、将来、本作が再再演ということがあれば、役者自身が歌うナンバーが増えるといったこともあるかもしれません。
團子さんの“途方もない挑戦”を可能にしたもの
二幕での知盛は一幕以上にせりふがウェイトを占め、特に終盤はストレート・プレイと見まごうせりふの応酬、そして長せりふが続きます。筆者が観る限り、團子さんは一度も言葉に詰まることなく、例えミスがあったとしても不自然に感じさせる箇所は皆無。一日の稽古でよくぞここまで、と感嘆しつつも、ふと思い出されたのが10年前のある光景でした。それは筆者が團子さんの修業の様子を取材していたときのこと。能楽師である師匠の謡を、彼は耳だけを頼りに少しずつ、おうむ返しにしていました。正座をして30分間。向き合った師匠が発する、固有名詞を含む聞きなれない昔の言葉を、9歳の團子少年はただただ無心に、すさまじい集中力で吸収していたのです。
2歳から父(市川中車さん)に連れられて劇場に通ううち、いつしか歌舞伎に“はまっていた”という團子さん。当時、無邪気な笑顔で「目指すのは最強の役者!」と語っていた彼は、その思いを途切れさせることなく無心に、地道に修業を重ね、先輩たちの舞台を観てきたのでしょう。本作に関しても、出番はなくとも連日鑑賞し、ある程度のせりふや段取りは頭に、そして体に入っていたのかもしれません。
それぞれに好演を見せる共演陣
もちろん彼がこの挑戦に踏み出せたのは、共演陣という力強い存在があってのこと。ベテランの中村鴈治郎さんは柔らかさとペーソスを含ませながら“つくり阿呆”の平通盛役を味わい深く演じ、猿翁さんのもと数々のスーパー歌舞伎や古典歌舞伎で活躍してきた市川笑三郎さん、笑也さんもそれぞれ知盛の乳母役、白拍子・陽炎役で手堅い演技を見せています。恋人役・若狭と紫蘭の二役を演じる中村壱太郎さんや金国の若き王役・中村米吉さんらも、若手ながらさすが一日の長、安定感のある演技で團子さんの体当たりの芝居を受け止め、激しい立ち廻りで絡む俳優たちも、團子さんと呼吸を合わせ、スリリングな場面を創出しています。
全員が見届けた、感動の宙乗り
カーテンコールの後に“不死鳥”となった知盛が宙乗りで去ってゆくラスト。舞台上の共演者たちが見守る中で(特にこの日は、本作で楊乾竜役をさっそうと演じ、夜の部では猿之助さんの代役をつとめる中村隼人さんの、弟を見守るような優しい表情が印象的)、團子さん演じる知盛は若狭の笛をいとおしそうに抱え、最後まで集中を切らさず、彼方へと飛んで行きました。その場にいたおそらく誰もが、一人の若者の途方もない挑戦を応援し、見届けた3時間。高齢の観客も少なくない歌舞伎ではあまり見られないスタンディング・オベーションが自然と起こり、万雷の拍手は5分以上(体感では10分)鳴りやむことがありませんでした。
<公演情報>
明治座創業百五十周年記念 市川猿之助奮闘歌舞伎公演 | 昼の部『不死鳥よ波濤を越えて』5月3日~27日、夜の部『御贔屓繋馬』5月3日~28日=明治座
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