私たちは「時代ガチャ」に外れた? 若者が屈託なく「親ガチャ」を使う危うさを社会学者が指摘

親の経済力や文化的資源、資質や性格が、子どもの進学や進路を決定的に左右する。「持たざる」親の元に生まれた子どもは、人生の筋道が限定されてしまう――そのような状況が「親ガチャ」と表現されるようになった。「親ガチャ」という言葉がこれほどまでに流行してしまうようになった社会の在り方について、社会学者が考える。

自己責任論の系譜 「親ガチャ」がカジュアルに使用されることの危うさ

本来ならばこのタイミングで、人びとの生活や学びを根本的に支える社会制度の充実が図られる必要があった。個々人の生活状態には違いがあり、教育に振り向けられる財力には多寡があり、限界があり、またそのことが社会的機会への直接的な関わりがある以上、公的な環境整備が大前提であることに気付くべきであった。

しかし同じ時期から、いわゆる自己責任論が世に広がった。高度経済成長がもたらした成功体験の感覚がそれを支えた面があっただろう。あるいは、古典的な立身出世の理想や、自立や克己のイメージも、自他を自己責任の対象として見ることと親和的だったかもしれない。市場化された社会における不平等は、構造的な問題と見なされるよりも、個々の人びとの選択や判断による結果として(従ってそれぞれが責任を負う事柄として)、細分化されて解釈されるようになってしまった。

今また流行している「親ガチャ」も、その系譜にある言葉だといえるだろう。「ガチャに外れた」状況の理由を親に求めるところまででとどめられれば、公的な環境整備の至らなさは不問にされる。その上でこの言葉から引き出されるのは、個々人のレベルでの飽くなき競争的努力か、不平等な社会状況を「仕方がないもの」と認める諦念かの、どちらかである。人びとが(特に若者が)この言葉を屈託なく使ってしまうことの危うさには、こだわっておく必要がある。
 

「個人の努力」だけで「親ガチャ」はなくならない

私たちは現在、日本の戦後史の中で見えないことにしていたこと、後回しにしてきたことに、直面しているのだといえる。それでは、どうすることが望ましいのか。個人の努力で「親ガチャ」に抗することだけでは、「親ガチャ」が作用してしまう構造自体は変わらない。

公的な環境整備に再び取り組まれなければならない。先に述べたように学校教員の増員は教育を受ける環境の改善にとって必須である。都市圏では実感できないかもしれないが、学校自体を増やしてより多くの人が通学しやすくすることも、地方においては課題となっている。オルタナティブスクールに対して公的な財政支援をすることや、障害のある子どもたちが通常学校で学べるように財政支出を厚くすることも不可欠である。

大学への運営費交付金・私学補助金を充実させることなどを通して、高等教育の学費を抑えることも、奨学金の充実の以前に必要であろう。そしてその奨学金については、成績上位者のみに限られたり、高額の利子が発生したりすることのない制度が整えられる必要がある。こうした多くの提案が、「親ガチャ」の構造を根本的に改めるために有効である。

社会とはそもそも、諸々の個人がただ集まっているだけではなく、人間が共同の利益のために、全体を共同で運営する仕組みである。あらゆる人間が生まれや育ちに縛られることなく生きて行けるように制度を作り整えていくことが、社会の課題である。私たちは日本社会に関して、そのような公正さのための制度の設計や整備を常に求めることができるし、求めて構わない。そして財源を確保し制度を整備していくことが、政治や行政が果たす当然かつ最重要の役割なのである。


※1:『Education at a Glance 2021』(OECD)


岡本智周 プロフィール
早稲田大学教授。専門は教育社会学、共生社会学、社会意識研究。「共生」「教育」「社会」をキーワードとして、人間社会における葛藤の分析や、社会的共生のための理路と資源の探索を行っている。


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