安倍元首相銃撃事件、41歳容疑者が手製銃に込めた新宗教への憎悪と人生のルサンチマン

2022年7月8日に発生した安倍元首相銃撃事件。歴史的な事態の背景に見えてきた「成熟できなかった幼い中年」の鬱屈と「時代の闇」を、コラムニスト・河崎環さんが語ります。

日本に特徴的な「拡大自殺」テロ

前掲の京アニ事件、北新地クリニック放火事件に加え、附属池田小事件、日本全国に目を向ければ秋葉原無差別殺傷事件や、川崎市登戸通り魔事件、そしてまさに昨年の衆院選当日開票の裏で起きていた京王線刺傷(ジョーカー)事件など、このところ、日本で起きる大きな事件には犯人の自暴自棄や自殺願望を動機とした自爆テロ型犯罪が増えていることに、薄々気づいている人も少なくないのではないか。
 

前出の法曹関係者は「貧しさや孤独、社会不適応などから自暴自棄になり、自分の自殺行動に不特定多数を巻き込んだり、誰かの命を奪って自分も死刑になりたかったなどと供述する犯罪は『拡大自殺』とも呼ばれます。それは自分が満たされない理由を社会や他者に責任転嫁する、社会適応の調整失敗の表れでもあります」と話す。
 

山上容疑者にそういった「拡大自殺」の意図があったかどうかは明らかではないが、動機の傾向としては他の事件と非常に似通ったものが感じられたという。「銃は自作だと伝えられていますが、その製作過程が丁寧なことからも、本人の憎悪が研ぎ澄まされていったことが感じ取れます。想定している相手が大きければ大きいほど、本人のエゴというか、『相手の命を自分が左右する』万能感、それに見合うほど憎しみも大きいということです」

 

成熟できなかった”幼い中年”

建設会社を経営する比較的裕福な家庭に生まれながら、幼い頃に父親が急死し、大病を患う兄と山上容疑者と妹の3人の子どもを抱えて実家に戻った母親が、新宗教に傾倒していく。その献金で家計が傾き、母が祖父から受け継いだ会社も破産し、子どもたちは家に食べ物もない中で育ち、進学校で知られる県立高校を卒業するが大学に進学することも叶わず、やがて兄が自死に至る。山上容疑者は取り調べに対し「特定の宗教団体に家を破産させられた」「家族をめちゃくちゃにされた」「宗教団体のトップが日本に来た時に殺そうと思っていたが来ないので諦めた」「その宗教団体と関係していると思い、安倍元総理を狙った」と話しているという。
 

宗教団体に対する恨みを募らせるのは、まだ直接的な関係があるので理解できる。だが、「トップが日本に来ないので諦め、関係していると誤解した安倍元総理を狙う」のはかなりの論理的飛躍や陰謀論的な妄想の端緒を見せていて、対象の矛先が変わった時に山上容疑者の精神や意識に何らかの変節——もうこうなったらそれでいい、誰であれとにかく貫徹してやるのだという執着の終着——があったのではないかと感じるのだ。それがおそらくコロナ禍の一段落と期を同じくしているだろうということも。
 

犯罪者を多数見てきた経験から、前出の法曹関係者は山上容疑者についてこう話す。「身なりの清潔さや、転職や資格取得を重ねてきた経歴、犯罪の計画性の高さから、本人は日頃とてもおとなしく、あまり問題も起こさずに淡々と暮らしていた人物だと思います。ですが、社会的な成長のチャンスを逃してきてしまったため、41歳という中年期に入ってもおそらく精神的な成熟は感じさせず、むしろ社会的には幼いと言え、その”幼さ”がここまで思い詰めた犯行に繋がったのではないでしょうか」
 

成熟できなかった、幼い中年——。人生は確かに不公平だ。だが、どこかでとにかく手持ちのカードから勝負を始めるしかないと腹を決めることができる人は、社会という名のゲームには参加できる。自分の人生が恵まれなかったという恨みを育て、他者を巻き込んで社会的自殺を謀る自暴自棄の人たちは、自分は被害者であるという意識からいつまでも逃れられなくなってしまった、大人になれない中高年たちなのかもしれない。
 

そしてそんな、きっと今の時代にはどこにでもざらにいる「恵まれなかった中年」「大人になれない中年」が個人的な事情を端緒に、憲政史上最長政権を担った総理大臣経験者の暗殺に及ぶという歴史的な事態に、私たちは2022年という時代の闇を感じてうつむくのである。
 

河崎 環プロフィール
コラムニスト。1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。子育て、政治経済、時事、カルチャーなど幅広い分野で多くの記事やコラムを連載・執筆。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、政府広報誌など多数寄稿。2019年より立教大学社会学部兼任講師。著書に『女子の生き様は顔に出る』『オタク中年女子のすすめ~#40女よ大志を抱け』(いずれもプレジデント社)。

 

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