『Dynamite』の先へ。第2幕の名刺代わりとなる新境地『ARIRANG』
矢野:最初に聞いた時は単に「うわ〜、かっこいい」とか「ラップが映える曲だな」という感想だったのですが、ドキュメンタリーに深く共感した後は「そもそもBTSの音楽とは?」を再定義する姿勢をひしひし感じましたし、「これは第2幕の名刺となるアルバムだ!」とハッとしたのです。ある意味、直近のイメージを“リセット”するような。
ゆりこ:『Dynamite』『Butter』から『Permission to Dance』あたりのイメージを、ということですよね。コロナ禍はああいった、人の心を明るく励ますようなアンセムが必要だったタイミング。世界中があの感じを求めていて、BTSがそれに応えた。でもデビュー時から見ている身からすると、あれがものすごく“イレギュラー”だったんですよね。「お! BTSはこういうのもやるんだ」って感じでした。
矢野:ドキュメンタリーの中でSUGAさんも、そんなお話をされていましたね。僕がBTSを聞き始めたのは2019年の『Boy with Luv』から、同性の目から見ても「Vさん、すごくカッコいい!」と思ったのがきっかけでした。なのでそれより前の曲は後追いなのですが、防弾少年団時代の曲はもっとゴリっとしたHIPHOPが多めだったという印象です。ただ『ARIRANG』を「メロディアスでキャッチーな曲を歌う、世界のポップグループBTS」の新譜として捉えると、ビックリするファンもいるだろうなと思います。
ゆりこ:実際にリスナー、ファンの反応は二分していましたよね。いろいろな意見が出る作品は、私はよい作品だと思っています。それだけ人の心を動かして、語りたくなるということですから。『ARIRANG』は“大人に成長した防弾少年団”の新譜として聞くと、すごく自然なのではないかと思っています。2026年の今の彼らだからこそ出せた音楽。
矢野:僕も最初に『SWIM』を聞いて、意外に思いました。メインにはもっとアップテンポで派手な曲が来ると思っていたからです。でも、少し時間がたって改めて気付いたことがあります。どんな気分の時でも『SWIM』は聞けるんです。僕はへこんでいる時、明るい曲が流れてくると煩く感じてしまったり、気分を上げたい時にバラードを聞くと辛気くさく感じたりしてしまうこともあります。でも『SWIM』はダウン気味な時も、ノッている時も、平常心の時も、どんなモードでもスッと入ってきて心地よかった。そういう曲って珍しくないですか? 気付いたら一番聞いているのが『SWIM』です。
ゆりこ:私も最初『SWIM』から聞いて、矢野さんと同じように「おお! こんな感じで来たか〜」とビックリしました。BPMも94、近年のBTSのタイトル曲と比べると静かで落ち着いた曲です。ドキュメンタリーでメンバーたちも最初は心配していましたよね。これがタイトル曲で本当にいいのだろうかって。確かに単発のデジタルシングルとして発売されていたら、薄味に感じる人もいるかもしれません。でも『SWIM』の神髄はアルバムを1曲目から通しで聞いて分かりました。あの流れの中にあってこそ、ハマる曲なのだと。『ARIRANG』ってフルコース料理なんですよね。
矢野:ああ、そうかもしれません。アリランをサンプリングした『Body to Body』から始まるコース料理的なアルバム。昔みたいに歌詞カードを見ながら1曲目から順に聞くスタイルではなく、好きな曲から自由に選んで聞けるようにもなった今、改めてしっかりアルバムを一から通して聞くと見えてくるものがある。確かに、韓国の歴史的文化財の“鐘”の音をサンプリングした曲『No. 29』など、本当にいろいろなスタイルの曲が収録されていますよね。そしてその流れにのって『SWIM』以降を聞くと、ゆりこさんの言う“フルコース料理”が分かってくる気がします。
歴代のポップスターたちにも重なること
ゆりこ:もちろん執筆時点で約720万枚と爆売れしていますし、Billboard 200で全米1位、UKチャートでも最高1位を記録しました。その上で『ARIRANG』はもっと時間がたつほど評価される予感がしています。『Listen Without Prejudice Vol. 1』的なアルバムといいますか。
矢野:「リッスン…ウィズアウト…?」
ゆりこ:説明もなく、失礼しました。私が敬愛するイギリスの大御所アーティスト、ジョージ・マイケルさんのアルバム名です。ソロでのファーストアルバム『FAITH』が世界中で大ヒットした後に出した2枚目のアルバムなのですが、まさにBTSが今の『Dynamite』『Butter』で世界的スターになった後の『ARIRANG』のような立ち位置で、発売当初は賛否両論があったそう。つまり前の『FAITH』っぽいものを求めていたファンからすると、“予想外”だったということです。
矢野:確かに、ミュージシャンも俳優も「大ヒット作」の次って、難しいといいますよね。本人にも周りにもプレッシャーがのしかかる。かといって過去にウケたものをまたやるわけにはいかないし、思い切り変えるとファンからの反発が来るかもしれない。そんな中で「変化」を選べる人やグループは強いなと思うんです。実際に残っているのは、そういう人ですよね。
ゆりこ:そう思います。私は『FAITH』よりも内省的な曲が多い『Listen Without~』の方が、むしろ“ジョージっぽさ”を感じて好きなんですよ。収録曲『Freedom!'90』は2025年にアメリカの人気姉妹バンドのHAIM(ハイム)がサンプリングで使っていますし、今でも支持されています。『ARIRANG』の曲もそんなふうに、後世までいろいろな形で残るんじゃないかと思って。
矢野:聞く人の心にすぅーと入ってきて、じんわり残り続けてくれる、風化しにくいアルバム。“変化”には本当にいろいろな形がありますね。『Dynamite』がはやっていたコロナ禍はみんなの敵がウイルスという同じ相手だったからこそ、一致団結して戦っていたと感じています。でも今、各地で起こっている戦争や政治問題はそれぞれの正義と意見があって矛先もバラバラ。格差も広がってきて、個々の課題が変わってきてしまいました。そんな時代だから『SWIM』。絶え間ない波の中で、たまに浮かんで漂って、休みながらも自分の道を泳ぎ続けることが大事だと思います。
ゆりこ:今回、矢野さんのお話を聞いて、若手から中堅へとステップアップしていく……そんな過渡期にいる世代だけが共鳴できるメッセージが『ARIRANG』にはあるのかも、と思いました。リアルタイムかつ等身大の共感は、2026年にBTSの同世代として頑張る人たちの特権ですね。ちょっとうらやましい! そして私たち、大人もきちんと変わっていかねば。
矢野:最後にもう1つ思い出しました! ドキュメンタリーでRMさんの言葉と同じぐらい共感したシーンを。ジミンさんの「休日に10時間ゲームをしている」という発言です。あんなに人気スターでも、引きこもって休む日があるんだなって。僕は休むことに罪悪感を持つ方でしたが、これからはしっかり休もうと思います! 周囲のみんなの充実ぶりに焦ってしまうこともあったけれど、何を選ぶかを自分で決めて、それを正解にしていきたいです。
【ゆるっとトークをお届けしたのは……】
K-POPゆりこ:音楽・エンタメライター。雑誌編集者を経た後、渡韓し1年半のソウル生活を送る。帰国後は、K-POPや韓国カルチャーについて書いたりしゃべったりする「韓国エンタメウオッチャー」として、雑誌やWebメディアなどでの執筆活動や、韓国エンタメ情報ラジオ番組『ぴあ presents K-Monday Spotlight』(TOKYO FM)でパーソナリティーを務めるなど幅広く活躍中。
編集担当・矢野:All Aboutでエンタメやビジネス記事を担当するZ世代の若手編集者。物心ついた頃からK-POPリスナーなONCE(TWICEファン)&MOA(TOMORROW X TOGETHERファン)。



