このところ、PTAの現場やネット上で、しばしば議論になるテーマです。
先日も、あるネット記事がSNSで話題になりました。PTAに入らなかった保護者が、自分の子どもにもコサージュを配るようPTAに要求したことや、受け取った子どもが喜ばなかったことを巡り、「あり得ない」と非難するものです。
SNSでは、記事に賛同して「親がPTAに入らないなら子どもがコサージュをもらえないのは当たり前」という人たちと、「PTAがモノを配るなら、子ども全員を対象にするのが当たり前」という人たちが対立し、あちこちで論争が起きていました。
「全員必ず入る」前提だったから生じるズレ
なぜ、こういった議論が繰り返されるのでしょうか。背景には、PTAが「実は任意」ということが知られるようになり、「入らない」選択をする保護者が増えた、という事情があります(教職員もPTAに入らない人は増えています)。
PTAは長い間ずっと「全員必ず入る」という前提で運営されてきたため、「任意」を前提にすると、つじつまが合わなくなってしまう部分があるのです。
子どもたちに配るコサージュや記念品も、その1つです。もともと「全員必ず入る」という前提のもと始まった活動なので、「入らない」という世帯が出てきたときにどう対応するべきかわからず、保護者は混乱しがちです。
こういった対立を防ぐため、最近ではP連(市区町村や都道府県ごとのPTAのネットワーク)がPTAに対し「活動対象は学校に在籍する全ての子ども」「親が会員かどうかに関わらず子どもは区別せず扱って」と呼び掛ける例も、時々見るようになりました。
筆者も、この考え方に賛成します。PTAは任意であると同時に「学校という公共空間で活動する団体」であり、子どもを区別するべきではないと思うからです。
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ただ、「PTAに入らないのに、子どもがモノをもらうのはおかしい」と考える人が一定数出てくるのも、やむを得ない気はします。
PTAはずっと「全員必ず入る」前提だったこともあり、会員に還元がある「互助会」のように誤解されてきました。それを急に「任意だ」「互助会じゃない」と言われても、受け入れがたく感じてしまうのではないでしょうか。「理屈は分かるけど、なかなか納得できない」という経験は筆者にもあります。
「仕組み」を変えれば対立は起きない
こういった考え方の対立は「話し合い」での解決が難しい場合もあります。一番いいのは、対立が起きる前に「仕組み」から変えておくことでしょう。例えば、千葉県習志野市のある中学校のPTAは、入会届を整備して任意加入の仕組みを整えた際に、「今後もし会員=会費収入が減ってきた場合は、子どもたちに配るモノを減らそう」と決めたといいます。(※1)
そうすれば、入らない人が増えても、会員=会費を払っている人の負担が過重にならず、不公平感は抑えられます。
「希望者にだけモノを配る」というやり方もあります。卒対(「卒業対策」の略。本来はPTAと別の活動)が用意する記念品を、会員家庭の子にだけ配るのでもなく、子ども全員に配るのでもなく、「希望者のみからお金を集めて配布(購入してもらう)」という方法をとる例も、各地でぽつぽつ聞きます。
もともと「別に記念品は要らない」と思っている保護者や子どももいますから、この方法は、記念品を欲しい人にもいらない人にも、みんなに喜ばれそうです。
モノの配布自体をやめる、という方法もあります。千葉県松戸市のある小学校のPTAは、入会届を整備する際、保護者間の対立感情を生まないよう、前年度のうちにあらかじめ、PTA会費の使い道を全面的に見直していました。
「会員家庭かどうかに関わらず児童全員に配るのもいいですが、もしそこで揉めるなら、最初から配るのをやめたほうがいいと思いました。そうすればPTAに入らない人が負い目を感じることもないし、入った人が入らない人をやっかむこともありません」(当時のPTA会長 竹内幸枝さん)(※2)
このPTAはその後、会費の徴収をやめ、さらに保護者会に移行しています。実は近年、改革する際に「会費ゼロ円」に踏み切るPTAがじわじわと増えているのですが、そういったPTAも当然、子どもたちへのモノの配布は行っていません。
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なお、卒業式のコサージュや証書ホルダーは、PTAで購入するのでなく、自治体の予算で教育委員会が用意する自治体もあります。保護者や子ども、学校にとって、これがベストな形かもしれません。



