企業へのサイバー攻撃被害が増え、防衛費増額が議論される昨今の日本。国民からは「次の戦争はどこで起きるのか」「戦争の形が変わっているのでは」という不安の声が多く聞こえてきます。
日本にとって唯一の同盟国であるアメリカでは、すでにサイバー軍や宇宙軍が本格運用され、さらに“認知戦”という新たな領域が重要視されています。
本記事では、『日本人が知っておくべきアメリカのこと』(中林美恵子・著/辰巳出版)より一部抜粋し、世界最大の軍事国家アメリカがどのように“新しい戦争”に備えているのかを紹介します。
サイバー部隊と宇宙軍
近年、戦争の形態自体が大きく変わり、「ハイブリッド戦争」の時代を迎えたといわれています。軍事力による攻撃だけでなく、サイバー攻撃、情報戦、経済的圧力、テロ、偽情報など、様々な手段を組み合わせた形態の戦争が行われているのが現状です。
2010年にはアメリカ軍に、サイバー部隊(USサイバーコマンド)が創設されました。
サイバー部隊は、「アメリカとその同盟国のサイバー空間における活動の自由を確保・保証するとともに、敵対国のサイバー空間における活動の自由を阻止することを目的とする全範囲的な軍事的サイバー空間作戦を展開するための軍組織」と位置付けられています。
NASA(アメリカ宇宙航空局)や国土安全保障省などと連携してサイバー作戦を実施するということにはなっていますが、どの程度の力を持っているのかは今一つ明らかではありません。
中国やロシアという国のサイバー部隊との比較が必要ですが、両国ともその実態は明らかにしていません。そもそも、サイバー部隊に関しては、その全貌を公にすることは得策とはいえないからです。
2019年12月には宇宙軍が創設されました。トランプ第一期政権の時です。
「2020年度国防権限法及び宇宙軍法」では、宇宙におけるアメリカの利益の防衛、宇宙に対する攻撃および宇宙からの攻撃の抑止などの任務が宇宙軍の任務とされています。具体的には、衛星通信やミサイルの警戒、宇宙状況の監視、さらには宇宙の戦闘準備ということです。
その背景には、ロシアや中国で対衛星兵器の開発が進んでいることがあります。衛星が破壊されると、通信がストップして大混乱に陥ることになります。したがって、宇宙空間での防衛体制の強化が必要なのです。2025年の予算は約294億ドルを要求しています。時代の新しい変化がアメリカの軍事的な側面にも及んでいるということです。
アメリカ宇宙軍の兵力は約8400人。将来的には約1万6000人程度になるといわれています。ちなみに、アメリカ軍では陸軍兵は「ソルジャー」(soldier)、海軍兵は「セーラー」(sailor)、空軍兵は「エアマン」(airman)、海兵隊員は「マリーン」(marine)と呼ばれていますが、宇宙軍兵は「ガーディアン」(guardian)と命名されました。
認知戦の時代
今や「認知戦」の時代といわれています。「認知戦」とは、世論の誘導や敵対勢力の撹乱を狙う「情報戦」のことです。
認知戦の戦場は、人の脳の中です。陸・海・空、宇宙、サイバーに次ぐ6番目の戦場が「認知領域」だということです。認知戦は、他国の人々の精神状態をコントロールすることによって、行動の変容をさせることを目的としています。
ロシアや中国などの独裁国家は、SNSを巧みに使って、たとえばアメリカ大統領選挙の時に、サイバー空間で刺激的な「偽情報」の発信を繰り返します。大量の「偽情報」を受け続けた人々の脳は、その偽情報を信じるようになり、極端な考え方を持つ人々の集団が形成されます。社会は分断され、対立が激化し、国は弱体化の一途をたどるということになるのです。
認知戦は、日本やアメリカのような言論と報道の自由がある民主主義国家では大きな脅威になりますが、ロシアや中国、北朝鮮、イランなどの独裁国家では、国家統制が強いため外部からの認知戦が効きにくいといわれています。
この書籍の執筆者:中林美恵子 プロフィール
政治学者。早稲田大学教授。公益財団法人東京財団理事長。埼玉県深谷市生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。ワシントン州立大学修士(政治学)。米国家公務員として連邦議会上院予算委員会に勤務(1993年-2002年)。約10年間、米国の財政・政治の中枢で予算編成の実務を担う。元衆議院議員(2009年-2012年)。



