今、日本では円安と物価高で家計が悲鳴を上げています。一方、トランプ大統領が各国に高関税の“強硬カード”を連発しているのに、アメリカ国内での物価はほぼ横ばい。
なぜトランプ氏はここまで自信たっぷりなのでしょうか? その理由を知るヒントが、さまざまなデータに隠されています。
本記事では『日本人が知っておくべきアメリカのこと』(中林美恵子・著/辰巳出版)より一部抜粋し、トランプ氏の自信を支える“カラクリ”と、「関税外交」のさまざまな目的を解説します。
トランプ大統領の自信を裏付けるデータ
状況を見てたびたび発言を変えるトランプ大統領について、ウォール街では、“TACO”理論がささやかれています。「トランプ大統領は(関税の脅しをかけても)、いつもビビって逃げる」(Trump Always Chickens Out:TACO)ということです。
イギリス『フィナンシャル・タイムズ』紙のコラムニストが考えた造語として一躍有名になったフレーズで、高関税を課すとしながら、株価や米国債の価格が下がるとすぐに取りやめるといような二転三転する関税政策を皮肉ったものです。
トランプ大統領は、TACOと言われることに嫌悪感を示しているようです。そこで、ある記者からの質問に対しては、「私は柔軟な人間だ」と強がったと伝えられています。
トランプ大統領の「自信たっぷり」の背景にはいくつかの理由があります。
1つは、物価上昇がほとんど見られないことです。エコノミストが教えるところによれば、輸入品にかかる関税は消費者が負担することになり、国内物価を引き上げることになります。
しかし、2025年6月のアメリカの消費者物価指数(CPI)統計を見ると、食品とエネルギーを除いたコアCPIは前月比0.3%の上昇にとどまっています。少なくとも短期的に見る限り、アメリカの物価はほとんど上がっていないのです。
なぜでしょうか。その理由を端的に示すデータがあります。「日本の自動車輸出物価指数」の図は日本の乗用車の輸出価格の推移を示していますが、北米向けの価格が大幅に下がっていることが見て取れます。つまり、アメリカの消費者ではなく、日本の自動車メーカーが関税分を負担しているということです。
少なくとも先行きが不透明なうちは、アメリカにおける自動車販売のマーケット・シェアを維持したいという日本の自動車メーカーの思惑が、その背景にあるといわれています。
トランプ大統領の「自信たっぷり」のもう1つの理由は、アメリカの関税収入が急増していることが挙げられます。
「アメリカの関税収入」の図に見るように、それまで70億ドル程度で推移していた関税収入は2025年4月には150億ドルを超え、6月には200億ドルを超えています。短期的には、関税はアメリカ政府の財政にとってプラスになっているということです。
「関税」を様々な目的に使うトランプ大統領
一般的に「関税」は、国内産業の保護・財政収入・貿易収支改善のために使われます。しかし、ロシアに「二次制裁関税を課す」としたように、トランプ大統領は関税を、相手国を取引(交渉)の場に強引に引きずりだす手段としても使っています。
たとえば、2025年1月の就任早々にトランプ大統領は、コロンビアからの全輸入製品に対して、即時に25%、1週間後には50%の関税を賦課すると発表しました。
この措置は、アメリカへの不法入国者を本国送還するための航空便について、コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領が、その受け入れを拒否したことが原因だといわれています。
「アメリカ・メキシコ・カナダ協定」(USMCA)を締結しているカナダやメキシコに対しても、トランプ大統領は2025年7月に、30%の追加関税を課すと通告しています。これは、合成麻薬のフェンタニル流入防止が目的だといわれています。
2015年7月には、ブラジル製品に対して50%関税を課すと発表しています。これは、「ブラジルのトランプ」と呼ばれたボルソナロ前大統領が、大統領選挙に不正があると主張し、その結果を覆そうとクーデターを企てた罪などで起訴されたことへの報復措置だといわれています。
ボルソナロ前大統領について、トランプ大統領は「世界中で高く尊敬された指導者だ」と評価しているのです。
この書籍の執筆者:中林美恵子 プロフィール
政治学者。早稲田大学教授。公益財団法人東京財団理事長。埼玉県深谷市生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。ワシントン州立大学修士(政治学)。米国家公務員として連邦議会上院予算委員会に勤務(1993年-2002年)。約10年間、米国の財政・政治の中枢で予算編成の実務を担う。元衆議院議員(2009年-2012年)。



