「アーバンベア」なんていない? 独り歩きする言葉の危うさと、人間が作り出す“本物”の出現シナリオ

クマ出没報道で「アーバンベア」の言葉が広がる2025年。自然写真家は観察と資料から「都市適応」ではなく生息地減少によるものと読み解き、言葉の一人歩きに警鐘を鳴らす。その上で考え得るクマ出没の将来とは?(サムネイル画像出典:PIXTA)

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2025年、クマの出没ニュースで「アーバンベア」という言葉に再び注目が集まっています。「都市に慣れたクマが生まれている」というイメージですが、定義は曖昧で誤解を生みやすい実態も。

自然写真家・永幡嘉之氏の著書『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)では、この言葉の一人歩きに警鐘を鳴らし、秋田県の事例からクマは生息地から押し出されているだけだと指摘しています。本文から一部抜粋し、クマ出没の将来予測として考え得る2つのパターンを紹介します。

アーバンベアは生まれていたのか?

はたして「アーバンベア」は生まれていたのか、という疑問がありました。これは「はい」「いいえ」という白黒での説明が難しい問題です。

そもそも「アーバンベア」は、新聞やテレビのニュースの見出しで、人の注目を集めやすいキャッチコピーとして定着した言葉で、定義も曖昧です。これからも環境収容力に対してツキノワグマの個体数が増え続ければ、必然的に安全な森林から弾き出され、危険な人里で暮らす個体も増えてゆくでしょう。

そのうえで、秋田県で起こっていたことを調べ、入手可能な資料を検討したかぎりでは、現状では本来の生息地から「押し出された」個体が出てきているだけで、進んで人里に定住するようなクマは見られません。

おそらくこれからも、人の生活圏に一定数のクマが出てくることが続くでしょうが、現時点ではクマの生態が変わったような兆候はありません。クマが人里もしくは市街地付近に出ただけで「アーバンベア」という見出しを使うことは、あたかもクマの性質が変わったかのように誤解を招きやすいことから、適切ではないと考えています。

人里を中心に生活するクマ出現、考え得る2つのパターン

もっとも、人里を中心に生活する、従来とは異なるツキノワグマが出現する可能性を、私自身も想定していないわけではありません。いまのところ、2つのパターンが起こり得ると考えています。

ひとつは、ブナやドングリが豊作になったとして、はたして畑に出てこなくなるのかどうか、という点です。

ツキノワグマは高い知能と学習能力を持った動物なので、大凶作をきっかけに、人里にある作物の味を覚え、これからも出てくる可能性があると考えています。ブナの豊作年にこそ、栽培されるソバを食べに出てくるかどうかで、行動の変化が検証できるでしょう。

もうひとつは、親子グマの母グマが駆除され、仔グマのみが生き残る場面が起こると、仔グマは山にいるオスを避けるようになって、人の生活圏を中心に暮らすようになる可能性があること。

つまり、有害駆除による捕獲圧が、かえって人里を中心に生活するツキノワグマを作り出す可能性があるのです。オスを避けるよりも、人里では仔グマが単独でも餌を見つけやすいことのほうが重要ではないかといいます。

実際に、私も駆除により親からはぐれたと考えられる仔グマが、集落の脇で日中に餌を探している場面を、秋田県と山形県で観察したことがあります。これからも、さまざまな可能性を想定して調べ続けることが必要でしょう。

クマはなぜ人里に出てきたのか
クマはなぜ人里に出てきたのか

この書籍の執筆者:永幡嘉之 プロフィール
自然写真家・著述家。1973年兵庫県生まれ、信州大学大学院農学研究科修了。山形県を拠点に動植物の調査・撮影を行う。ライフワークは世界のブナの森の動植物を調べることと、里山の歴史を読み解くこと。里山の自然環境や文化を次世代に残すことに、長年取り組む。著書に『クマはなぜ人里に出てきたのか』(旬報社)、『里山危機』(岩波ブックレット)、『大津波のあとの生きものたち』(少年写真新聞社)、『巨大津波は生態系をどう変えたか』(講談社)など。

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【写真で見る】母グマは捕獲? 民家の脇で独りクリを食べる仔グマ
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