「雇用延長で今の会社にそのまま残る」「退職金で悠々自適な生活を送る」
「気楽なアルバイトをしながら趣味に打ち込む」なんとなく、そんな未来を想像している方が多いのではないでしょうか。
しかし、現実はそう甘くはありません。かつてのように、会社に滅私奉公していれば安泰な老後が待っている時代は終わりました。これまで見てきた昔の上司の「定年後」の生き方は、今の50代にとってあまり参考にならないのです。
では、多様化するこれからの時代を生き抜くために、私たちはどう備えるべきなのでしょうか。
本記事では、和田秀樹さんの著書『50歳からのチャンスを広げる 「自分軸」』(日東書院本社)から一部抜粋し、定年目前の50代が「今」向き合うべき課題を紹介します。
「会社人間」のまま60代を迎えることの恐ろしいリスク
みなさんの多くは会社の中で与えられた役割を全うすることに人生の多くを費やしているはずです。給料をもらっている以上、決められたことをする。それは会社員としては間違っていません。ただ、会社の役割に忠実になるあまり、日本人の多くは会社と自分を同一視し、会社人間として生きる傾向が強いともいえます。そのため定年世代になって(60歳以上)、再雇用など働き方が変わると、今まで自分を支えていた基盤を失い、喪失感を抱く人が少なくありません。
これからの時代は会社のいいなりになって、会社の価値観に染まった生き方は通用しなくなります。AIやロボットの発達により、今ある仕事の多くは自動化されていくことが予想されています。
つまり、今のあなたの仕事がこれから5年、10年、15年と存在するかも分かりません。すでに工場などの現場だけでなく、医療や法律、金融など専門的な分野でもAIの活躍が始まっています。
こうした時代にあっては、特定の会社や業界にしがみつくのではなく、より普遍的なスキルを身に付け、状況の変化に合わせて柔軟に働き方を変えていった者のほうが、結果としてよい方向に行きます。
退職後も「先生」と呼ばれたがる人たちの哀れな末路
私は30代の後半から常勤の医師をやめ、フリーターのような生活を続けてきました。定年の心配もありませんが、肩書もない中でどう働くか。この時の決意が今の自分のベースとなっています。誰もがそうした気持ちで働けばハッピーになれると思うのですが、これがなかなか簡単ではありません。私が医学界の重鎮のパーティでよく見たのは、60歳近くになっても、肩書の呪縛から逃れられない大学関係者たちです。
大学教授を退官しても、医者の免状はあるのですから、開業もできますし、週の半分も医者のバイトをすれば収入面に苦労することはありません。子どもが独り立ちしていれば十分生活でき、趣味の世界に生きることもできます。それでも大学を退官後も立派な肩書が欲しいので、それをくれそうな人にペコペコしているような人をたくさん見てきました。
もちろん、それもひとつの生き方ですが、根本的な問題の解決にはなりません。仮に別の大学の医学部で教授のポストを得たり、大きな病院の院長職を得られたりしても、70歳前後で、それも引退しないといけなくなります。人生100年時代とはいえ、70歳から新しいことを始めるのは厳しいです。
たとえば、医者の場合、50代で人生を考え直して、準備すれば60歳前後で自分の道を進み、開業できます。そこから人気のクリニックも目指せますが、70歳過ぎだと、いくら元大学教授でも難しいでしょう。新たなビジネスや私のような文筆など別の世界でデビューするならなおのこと難しくなるはずです。
私も長年、老年精神医学に取り組んできましたが、定年前の社会的地位の高い人に限って、引退後の適応が難しい傾向にあります。第二の人生を見出すのが困難な人が多いですし、うつのようになる人も少なくありません。
ですから、50代のうちから、会社の看板がなくても何ができるかを考えてみてください。「忙しいから」といって何もしなければあっというまに60歳を迎えます。一日も早く、これまでのキャリアや肩書に固執するのではなく、ゼロベースで自分に何ができるのか、何をしたいのかを考え直すことが大切です。
会社の枠組みから自由になること、肩書へのとらわれから脱出することで、新しい可能性が開けるはずです。50代の今ならば人生の大きな方向転換も可能です。



