ブログ「老舗食堂」を運営する相川知輝さんは、創業100年を経過している老舗店を3000軒以上訪問しているが、老舗食堂を訪ねる理由はいくつもあるという。
まず、長い年月をかけて受け継がれてきた、確かな味に出会えること。そしてもう1つは、その店や料理を通じて、土地の文化や歩みに目を向けるきっかけになることである。
本記事では、相川さんの新刊『日本老舗食堂大全』(辰巳出版)から、東京の「歴史が息づく名物料理の店」3選を紹介しよう。
東京の「歴史が息づく名物料理の店」3選
牛鍋、オムライス、そして焼鳥――。いまや定番となった“ごちそう”にも、そのスタイルを確立し、多くの人々に広めた“立役者”とも呼ぶべき店が存在する。今回紹介するのは、そんな東京の食文化を語る上で欠かせない「名物の味」を守り続ける老舗だ。1. 米久本店(牛鍋)
浅草・浅草寺からも程近い、下町情緒あふれる浅草ひさご通り商店街に店を構える『米久本店』は、1886(明治19)年創業の牛鍋専門店である。
文明開化の時代、欧米から牛肉を食べる文化が伝わり、肉食に慣れていなかった日本人のために生まれたのが牛鍋。その伝統の味を、今も変わらず提供し続けている老舗として知られている。
趣のある引き戸と提灯、のれんが目印の店舗は、日本の古き良き姿を体現しており、風格ある美しい店構えが印象的だ。来店時には人数分の太鼓が鳴らされ、下足番が靴を預かってくれるなど、昔ながらの風習も今に受け継がれている。
店内は伝統的な日本家屋の造りで、らせん状の階段が2階へと続く。1階・2階ともにゆとりある空間が広がり、古風な雰囲気の中で食事を楽しめることから、浅草観光に訪れる国内外の客にも人気を集めている。
メニューはシンプルに2種類で、牛鍋は「上」と「トク」から選ぶことができる。「トク」は特上を意味しており、より上質な味わいが楽しめる。セルフスタイルで、小ぶりの鍋に野菜(ザク)と牛肉を入れ、その上から割り下をかける。
店のおすすめは「肉は煮過ぎず、少し赤いぐらいがおいしい」とのこと。溶き卵にくぐらせて口に運べば、明治から受け継がれる至高の味が広がる。春菊のほろ苦さが牛肉のうま味を引き立て、自然と箸が進む絶品の味わい。
池のある中庭を眺めながら静かに食事を楽しめる空間には、料理だけでなく、雰囲気も含めた特別でぜいたくな時間が流れている。
東京都台東区浅草2-17-10
2. 煉瓦亭(洋食)
その店名は、明治期の大火後、防火対策として築かれた銀座煉瓦街に由来する。現在の建物は、レンガ造りではないが、随所にレンガが用いられており、往時の銀座の趣を今に伝えている。
初代・木田元次郎氏により、同店はフランス料理店として創業された。当時、銀座に隣接する築地には外国人居留地があり、主に外国人向けに「西洋料理」を提供していた。
しかし、居留地の廃止後は日本人客が増加し、日本人の嗜好に合わせて料理も変化。西洋料理店は「洋食屋」へとかたちを変え、『煉瓦亭』はその先駆けとして「洋食屋1号店」を名乗るに至った。
同店を代表する名物の1つが、フランス料理に和の要素を取り入れ、天ぷらの調理技法を応用して考案された「元祖ポークカツレツ」。フォークとナイフで切って食すスタイルで、上質な脂のうま味とオリジナルブレンドのスパイシーなソースの味わいが「西洋料理」ではなく「洋食」であることを伝えてくれる。
また、看板料理の1つ「オムライス」は、2種類のメニューを用意。「ライスオムレツ(元祖オムライス)」は、賄い料理として誕生し、現在のオムライスの原型ともいえる存在である。
一方、「明治誕生オムライス」は、ケチャップライスを薄焼き卵で包んだ、広く知られる現代的なスタイルである。機会があれば、2品を食べ比べることで、洋食の幅広さを体感するのも一興であろう。
東京都中央区銀座3-5-16
3. 伊勢廣 京橋本店(焼鳥)
都心のビジネス街に位置しながら、一世紀にわたって伝統の技を守り続け、多くの食通に愛されてきた名店として知られている。創業当初、「伊勢廣」は鶏肉の小売店として営業しており、ひいき客へのもてなしとして焼鳥を振る舞ったことが飲食店としての出発点であった。
2020(令和2)年にリニューアルオープンした現在の店舗は、煙が客席に回らない近代的な設備を備える一方で、旧店舗から引き継がれた品々が随所に配され、100年を超えた歴史を感じさせる。
店内は「賑わい」「寛ぎ」「ハレ」という3つの異なる趣の空間で構成され、1階から3階にかけてカウンター席、テーブル席、半個室をそれぞれに配している。
3階の桟敷席には、焼き台を見下ろせる人気のシートもあり、熟練の職人による芸術的な火入れを眺めながら焼鳥を楽しむことができる。
ランチタイムには「焼鳥定食」と「焼鳥丼」の2種を提供。それぞれ焼鳥の本数を選ぶことができ、食欲や気分に応じて柔軟に注文できるのも魅力だ。
夜の看板メニューは、鶏一羽を丸ごと味わう焼鳥フルコース。ささみから始まり、手羽まで全12品を順に提供する。
「団子」と呼ばれる「つくね」は名物の一つで、すべてのコースに組み込まれている。複数部位の肉を麻の実と塩のみで味付けしたつくねは、素材のうま味が際立つシンプルな逸品であり、それゆえに味わいの奥深さが際立つ。
東京都中央区京橋1-4-9 この書籍の執筆者:相川 知輝 プロフィール
Webサイト『老舗食堂』の運営者。47都道府県の100年超え老舗店を3000軒以上訪問している。各種メディアへの出演、取材協力などの実績多数。著書『日本老舗食堂大全』(辰巳出版)。



