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根強い人気を誇るアニメ映画を実写化する時点で、どうしたって文句が出てしまう企画だと思いますし、実際に賛否両論が寄せられることでしょう。
しかしながら、筆者個人としては、極めて誠実に原作に向き合い、かつそのままトレースするだけにもしない意志を感じました。実写ならではの付加価値を与え、この物語を届けたい人に届けるべく作られた、誠実な作品であると感じたのです。その理由を5つの項目に分けて解説しましょう。 ※以下、実写版『秒速5センチメートル』の決定的なネタバレは避けたつもりですが、アニメ版との違いなど、一部内容に触れています。ご注意ください。
1:松村北斗だからこそ、原作の物語の「先」へと到達した
まず「実写ならでは」と言えるのは、生身の人間が演じてこその「実在感」です。もちろん原作からしてファンタジー色が少なく、実写でも表現可能な物語と想像はできるのですが、それでも現実をそのまま映しているわけではないアニメという媒体だからこそ、どこかキャラクターや舞台へ現実離れした印象を、少なからず覚えていたと思うのです。
そして、今回の実写映画における主演・松村北斗ならではの魅力は、とてつもなく大きいものでした。 彼自身、完成報告会で「『あの憧れていた(主人公)の遠野貴樹を、僕なんかがやるんだ』という恐怖が襲ってきた」と吐露していましたが、そのプレッシャーが間違いなく報われていました。「この世のどこかにいそうな」親近感を覚えつつも、「悲しみだけじゃない複雑な心情を抱えている」と想像できる青年を、松村北斗はこれ以上はないほどに好演していたのです。
特に、これまでがあまり感情を表に出さないキャラクターだったからこそ、終盤でとある「誠実かつ切実」な心情を、言葉を探しながら少しずつ語り、涙ぐんでいた時の、その表情が忘れられません。
これは原作にはないシーンでもあり、原作の貴樹という主人公が、その物語の「先」へと到達した印象もあり、「松村北斗が演じたからこそ、もっと貴樹という人のことが好きになれた」「松村北斗だからこそ、実写化の意義があった」と心から思うことができたのです。
2:絶妙なキャスティングで「実写作品でしかかなえられないこと」を達成
実際に公式サイトのプロダクションノートで、奥山由之監督は「生身の人間が確かにそこで息づいているという感触は、実写作品でしかかなえられないこと」と確信し、「声の出し方やセリフの運び方といった発話にリアリティがあり、観客の実生活とのつながりをもたらす説得力を備えた俳優を求めていた」ことが語られています。その言葉通りのことを松村北斗は実現していましたし、脇を固める宮崎あおい、木竜麻生、岡部たかし、吉岡秀隆といった面々も豪華なだけではなく、「こういう人はこう感じて生きていそう」と、俳優その人のイメージとも重なる、理想的なキャスティングでした。(また、書店の店長の配役にびっくりしつつも、なるほど彼ならピッタリだと納得できました。これは驚いてほしいので秘密にしておきましょう)
さらに、小学生から中学生までの幼少期の役を、500人規模のオーディションから役の年齢に近い俳優を選ぶことで、危うさも含んだ幼さや純粋さが表れていることも重要だと思いました。演技経験がなかったという上田悠斗と、すでにキャリアのある白山乃愛という現実の立場が、そのまま劇中で心理的に支え合う少年少女の関係にもシンクロして見えて、ほほ笑ましくも愛おしく思えたのです。 一方で、高校時代の物語における青木柚と森七菜は、俳優の実年齢より若い役でもしっかり「そう見える」、やや幼くも、切実でもある心理を、「心の距離を感じさせる」関係と共に見事に表現していました。2人がどのようにお互いのことを思っているのか、それを具体的な言葉以外でも感じられるのは、原作にあった描写はもとより、やはり俳優の力が大きいはずです。
何より、上田悠斗、青木柚、松村北斗が、違う時代の同じ貴樹というキャラクターをそれぞれ演じることで、「ルックスや佇まいから同じ人だという説得力がある」一方で、「人が変わってしまったような切なさもある」という印象も、生身の人間が演じた実写映画だからこそ際立っていたと思うのです。
さらに、ヒロイン・篠原明里の幼少期を演じた白山乃愛から、大人になった高畑充希へと「どうつながっていくのか」または「変わってしまうのか」にも、ぜひ注目してみてください。



