ヒナタカの雑食系映画論 第187回

『遠い山なみの光』を見る前に知ってほしい3つのこと。広瀬すずと二階堂ふみの「対決」に注目

ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロの長編小説デビュー作を映画した『遠い山なみの光』、見る前に知ってほしい3つのことを解説しましょう。(画像出典:(C) 2025 A Pale View of Hills Film Partners)

遠い山なみ
9月5日(金)TOHO シネマズ日比谷他 全国ロードショー 配給:ギャガ (C) 2025 A Pale View of Hills Film Partners
9月5日より、ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロの長編小説デビュー作を実写映画化した、『遠い山なみの光』が劇場公開されます。

本作のジャンルは「ヒューマンミステリー」。静謐(せいひつ)な語り口の作風であり、美しくも危うさを感じさせる画と、俳優陣の渾身の演技は、ぜひ映画館で見てほしいと強く願えるものでした。さらなる魅力と、事前に知ってほしい作品の特徴を記していきましょう。

1:終戦から間もない「薄暗い希望」の時代の物語

知識として入れておいてほしいのは、劇中の主な舞台(回想として話される出来事)が終戦から間もない1950年代の長崎であることと、1945年に長崎に原子爆弾が落とされたことです。
遠い山なみ
(C) 2025 A Pale View of Hills Film Partners
劇中では戦争や原爆投下そのもののシーンや、原爆症(原爆の熱線や放射能による身体的障害や疾患)を患う主要キャラクターはほぼ登場しません。しかし、言葉の端々では「戦争と原爆投下の(比喩的な意味での)余波」を感じられます。例えば、原作小説の序盤には以下のような記述があります。

そのころには、すでに最悪の時期はすぎていた。朝鮮で戦争がおこなわれていたのでアメリカ兵の数の多さはあいかわらずだったが、長崎では、それまでにくらべると一息ついた穏やかな時期だった。世の中が変わろうとしている気配があった。

カズオ イシグロ. 遠い山なみの光〔新版〕 (ハヤカワepi文庫) (p. 8). (Function). Kindle Edition. 

世の中が良い方向へと変わっていて、穏やかで、人々がある程度の希望を手にしている……と思える一方、大きな戦争の名残りはあるし、別の戦争も起こっている。そんな時代背景が前提にある作品と言っていいでしょう。
遠い山なみ
(C) 2025 A Pale View of Hills Film Partners
それを裏付ける、実際に長崎で生まれ、5歳のときにその地を離れたという、原作者のカズオ・イシグロの言葉も、プレス資料から引用しておきましょう。

私が育ったイギリスでは、「長崎」と聞くと、ほとんどの人が真っ先にある出来事を思い浮かべます。それは原爆です。そして、多くの方は長崎を「死んでしまった街」として想像するようです。しかし、それは私の中の長崎の姿とは大きく異なります。私にとっての長崎は、むしろ「希望」に満ちた場所でした。幼い頃の記憶には、新しいものが次々と生まれる街の姿が深く焼き付いています。毎月のように新しい機械や建物が登場し、何かが前へ進んでいく感覚がありました。人々の中には自信と楽観が満ちあふれ、街全体がより良い未来を信じていたように思います

太平洋戦争と、長崎に原爆が落とされたという、とてつもない悲劇があったという事実です。しかしそれだけではない希望も確かにあった時代を「体験」することは、本作の大きな意義でしょう。

そして、映画を見ると、その希望は明るいだけでなく、どこか「薄暗い光」のような、やはり不穏さに包まれているようにも思えるのです。
遠い山なみ
(C) 2025 A Pale View of Hills Film Partners
実際に、翻訳者の小野寺健は訳者あとがきで、カズオ・イシグロの人生および作家性を「その人生をつつんでいる光は、強く明るい希望の光でも、逆に真っ暗な絶望の光でもなく、両者の中間の『薄明』とでもいうべきものである」と分析しています。その薄明のニュアンスが『遠い山なみの光(英題:A Pale View of Hills)』というタイトルにも表れているようにも思えるのです。
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広瀬すずと二階堂ふみの「対決」
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