公立小学校をはじめ13年間教員として働いた後に起業。現在はコーチング講師としてSNSでも大活躍のドラゴン先生こと、坂田聖一郎さん。実はお笑い芸人、大学助手、そして教員……と、かなり異色の経歴の持ち主。
そんなドラゴン先生のもとには、教員としてのキャリアに悩んでいる人が多く訪れるといいます。事実、2023年度東京都で採用した公立学校の新任教諭のうち、なんと4.9%が1年以内に退職。自分のキャリアに悩んだことがある教員の方は多いのではないでしょうか。
そこで今回はドラゴン先生が歩んできた道のりとともに、「教員のセカンドキャリア」についての考えをお聞きしました。

お笑い芸人、大学助手、教員……異色の経歴がつくる「今の自分」
——プロフィールを拝見しましたが、過去にお笑い芸人をやっていたのですね。そこからなぜ教員になったのですか?「そもそも僕は、大学で教員免許を取得したものの、教員になろうとは思っていませんでした。お笑いが好きで、お笑い芸人になりたいと思っていたんです。
大学時代にもコンビを組んでネタをつくったりしていたし、大学卒業後には24歳で東京NSCに入りました。そこで現在しずるとして活躍している村上純さんと共に約半年頑張ったのですが、芽が出ず地元に戻ることに。
でも、芸人になる! と言って地元を飛び出したのに、戻って教員になるなんて恥ずかしいと当時は思ったんですよね。そんなときに卒業した大学の教授から、『それなら大学で仕事を手伝ってくれないか』と声がかかったんです。当初は『これで帰る建前ができた』くらいに思っていたのですが、意外にもその仕事が楽しくて。
そこから教員という仕事にも興味を持って大学院に入り、大学院2年の時に定時制高校の非常勤講師となりました。そして翌年に教員採用試験に合格し、公立小学校教員としてキャリアをスタートさせました」
——かなり紆余曲折を経て、教員になったのですね。
「正直、僕の20代は暗黒期だったと思います。挫折もたくさんありました。しかし、僕にはああいう経験が必要だったからあの時間を過ごしたのだろうし、だからこそ今の自分があると考えています。
事実、今の僕に『元教員』と『元芸人』という2つの武器があるのは、大きな強みになっています。昔のうまくいかずにしょぼくれていた自分に『ありがとう』と伝えたいです(笑)」
——そこまで大変な思いをして教員になったのに、なぜ辞めるという決断をしたのですか。
「教員として働く中で、いずれ自分が管理職になっていくのを想像したのですが、あんまりワクワクしなかった、というのが理由の1つかもしれません。
あとは、教員時代に受けていたあるセミナーで出会った整体師の方から、『月200万くらい稼いでいる』と聞いたことも大きな衝撃でした。教員をやっていたらそんな額は稼げませんから、『自分の知らない世界があるんだ』と思いましたね」