ユン大統領を精神的に追い詰めたであろう「北朝鮮の存在」
そもそも、なぜユン大統領は誰の目にも明らかに無謀な戒厳令を出す決断をしたのか。実は、この決断は多くの与党幹部ら側近すら知らされていなかったと報じられているが、ユン大統領は、今回の戒厳令について「野党に対する警告」に過ぎないと呑気なことを言っている。そんな言い訳が通じるはずもないのは、戒厳令を出す前から分かっていたはずだ。今回のユン大統領の決断の裏に、北朝鮮の存在があったのは間違いない。というのも最近、北朝鮮は韓国に対して厳しい態度に出ていた。北朝鮮は、これまでになく親米で親日であるユン政権を揺さぶるかのように、10月には憲法改正を行って、韓国を「敵対国」と明記。北朝鮮から韓国につながる道路を爆破した。憲法改正に至る前も、韓国との統一は不可能と宣言するなど韓国に対する挑発行為を行ってきた。
さらに、北朝鮮は最近、ロシアのウクライナ侵攻にも関与を強めている。北朝鮮はロシアに武器を大量に提供しているだけでなく、北朝鮮兵士も派兵させている。現時点では最前線で戦う様子は確認されていないと言われているが、戦闘が激化すれば今後、動員される可能性も高い。問題は、これを受けて、ユン大統領が対抗してウクライナへの武器支援に言及していることだ。北朝鮮の関与の程度によって段階別に韓国も関与するとし、ウクライナで韓国と北朝鮮がせめぎ合いを繰り広げる可能性が懸念されている。
例えば、韓国が提供した武器で北朝鮮兵士が死亡するようなことが起きれば、北朝鮮にとって穏やかではない。こうした背景からも、韓国と北朝鮮の緊張関係は高まっているのである。
同日に起きたアメリカでの不穏な事件
そうした状況の中、アメリカでも不穏な動きがあった。戒厳令の宣言と同じタイミングで、韓国への攻撃を狙うような犯罪が摘発されている。11月3日、アメリカの司法省は、違法に武器を調達し北朝鮮に輸出したとしてカリフォルニア在住の中国人男性を逮捕した。この中国人は留学生としてアメリカに入国し、ビザが切れた後も不法滞在を続けて北朝鮮の工作員に協力するようになったとみられている。
この中国人は、「北朝鮮は韓国への攻撃に備えるために武器、弾薬、そのほかの軍事関連の装備を欲しがっていた」と供述し、北朝鮮政府が資金として200万ドルを支払ったことも分かっている。
このニュースを受け、アメリカの司法省は「同日に韓国で起きた『戒厳令』とは無関係」だと語っているが、この話がユン大統領の耳に入っていた可能性は高い。日本の当局者は「こうした動きについての情報は、捜査の早い段階で韓国側にも照会が行われるのが通例だ」と言っており、韓国政府にも伝わっていたと考えるのが自然だ。だとすれば、これらの情報も韓国内で劣勢にあるユン大統領の判断に影響を与えた可能性はある。
日本への影響は?
今回の戒厳令騒動により、日本もネガティブな影響を受けるのは避けられない。ユン政権は非常に親日だが、野党の左派勢力が次期政権を担うことになれば、反日の動きが高まる可能性がある。文在寅(ムン・ジェイン)前大統領が率いた韓国と日本の関係が緊張をはらんだものになっていたことを考えると、次期左派政権は警戒すべきだろう。加えて、ユン政権は、アメリカからも米軍基地を置く日米韓の足並みをそろえることに貢献していると評価されていた。特に中国や北朝鮮の動きが活発化する中で、今回のような韓国国内の不安定化はアメリカ政府にとっても好ましくない。
さらに、2025年1月にはドナルド・トランプ前大統領が大統領に就任する。もともと北朝鮮と交渉し、アメリカとしてビジネス面で利益を得ようとしているトランプ前大統領だけに、韓国としては立ち回り方が難しかったが、韓国の政治で不安定な状況が続けば韓国にとって不利な条件でアメリカの北朝鮮政策が動いていく可能性がある。トランプ政権のむちゃぶりや韓国軽視もあり得るだろう。
とにかく、ここからの韓国の動きは日本やアメリカだけでなく世界にも影響を及ぼす可能性があるので目が離せない。
この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
X(旧Twitter): @yamadajour、公式YouTube「スパイチャンネル」
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
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