1868年10月13日、明治天皇が京都御所から江戸城へ入城した「東京奠都(てんと)」にちなんで制定されました。
今回は引っ越しの日にそばを食べる理由、偉人に引っ越し好きが多いワケなど、引越しの豆知識をご紹介します。
明治天皇が京都から江戸に引っ越した理由は?
引っ越しの日の由来にもなっている「東京奠都」ですが、実は倒幕されて江戸城が開城された時点では、明治新政府の首都をどこに置くかは決まっていませんでした。新政府の中心人物だった大久保利通は、商業都市であり京都にも近い大阪への遷都(せんと)を提案。
一方、日本郵便制度の父とも呼ばれる前島密(ひそか)は、開発が不可欠な蝦夷(現在の北海道)に江戸の方が近いこと、江戸湾など良港があること、大阪より広くて都市開発がしやすいことなどを理由に江戸への遷都を主張しました。
深刻な財政不足だった新政府にとって、江戸にある建物をそのまま再利用できることが決め手となり、首都を江戸に移すことになったとされています。これに伴い、江戸は「東京」へと改められました。
ただ、京都の反対派勢力を刺激しないよう公式な宣言を行わず、なし崩し的に移行したため、日本史では都を移す「遷都」ではなく、単に都を定めることを意味する「奠都」という言葉が使われています。
なぜ引っ越しの日にそばを食べるのか?
引っ越しの日にそばを食べる「引っ越しそば」は、もともとは引越してきた人が近隣住民にそばを配る習慣でした。その起源は、そばが庶民の食べ物として普及した江戸時代中期。それまで餅や蒸した赤飯などを配っていましたが、あいさつにしては費用がかさむために、安いそばを配るようになりました。
ただ安物を選んだのでは野暮だと考えた江戸っ子たちは、気の利いた言い訳として「側に越してきたからそばを配る」「そばのように細く長い付き合いを」といったしゃれとともに配ったのが引っ越しそばの始まりです。
当初はお昼時に配っていましたが、やがて好きなタイミングで食べられるように「そば切手」という商品券を配るようになりました。
このそば切手を買うついでに、引っ越してきた人たちもそばを注文して食べていたのが「引っ越しの日にそばを食べる」という現在の風習になったとされています。
偉人は引っ越し好きが多い?
歴史上の偉人、特に芸術家には、創作意欲を湧かせるためなのか、引っ越し好きが多いようです。例えば日本の推理小説の礎を築いたとされる江戸川乱歩は、生涯で46回も引っ越しを繰り返しています。飽き性で小説家になるまでは仕事も転々としていたんだとか。
さらに多いのが、かの有名な作曲家のベートーベン。21歳から56歳で死去するまでウィーンに住んでいましたが、その35年間でなんと79回も引っ越しをしたそうです。密度がすごい……!
理由は諸説ありますが、気難しい性格で近隣トラブルが絶えなかった、誰かに盗作されるのを避けるためだったなどともいわれています。
極め付けは、江戸時代に一世を風靡(ふうび)した絵師の葛飾北斎。数え年で90歳まで生きた当時では珍しい長寿ですが、その生涯で引っ越した回数はなんと93回だそう! 毎年のように引っ越しをしています。
整理整頓が得意ではなく、書き散らした紙や絵具で部屋が汚れるたびに引っ越しを繰り返したそうです。
あなたは今の家から引っ越したい? それともまだまだ住みたい? この機会に、考えてみてはいかがでしょうか。
この記事の筆者:石川 カズキ
1984年沖縄県生まれ。筑波大学人間学類卒業後、会社員を経て芸人・作家・コピーライターに。エレキコミック・ラーメンズを輩出した芸能事務所トゥインクル・コーポレーション所属。第60回宣伝会議賞コピーゴールド受賞、LOFT公式YouTubeチャンネル「コントするイシカワくん」シリーズのコント台本・出演、KNBラジオCMコンテスト2020・2023協賛社賞受賞など。お仕事があればお気軽にご連絡ください。AIから仕事を奪うのが目標です。