「港区女子」の目的は、パパ活や婚活だけに限らない。港区に訪れ、富裕層の男性=港区おじさんの力を借りながら、自身の夢をかなえた女性に話を聞いた。
昼は不動産営業、夜は港区西麻布のラウンジで働く女性
「昼は不動産営業、夜は港区西麻布のラウンジで働き、自身の夢だったバーをオープンしました」こう語るのは、ミキコさん(仮名/30代)だ。彼女は昼の会社員としての顔と、夜のラウンジ嬢としての顔を持っていた。
「昼は不動産会社でゆるく働いていました。でも、大学時代に小料理屋でバイトした経験があって『自分もいつか小料理屋兼バーをやりたい』という夢があって。それで、24歳の時に、手っ取り早く資金を貯めるためにラウンジで働き始めたんです」
週5日間の会社勤めに加え、週に3日は19時から深夜の1時ごろまでラウンジ勤務。ハードスケジュールだが、ミキさんが勤めていたラウンジは、割と融通が利く職場だったという。
「キャバクラやクラブに比べて、ラウンジは時間の融通が利き、昼の仕事との両立が可能だったのでいいなと思いました。過度な露出が必要ないのもよかったです。私が働いていたラウンジは富裕層の男性が多く訪れるところでしたね」
基本は自分で稼ごうと思っていた
「地方から出てきて1人暮らしだったので、会社員のお金だけじゃ開業資金は全く貯まらなくて。ラウンジで稼いだお金はすべて貯金に回していました」当初、自身で稼いだお金のみでお店を開業するスケジュールを立てていたというミキコさん。しかし、思った以上にお金は貯まらなかった。
「20代の間に開業したかったけど無理だなと思い始めて。その時、ラウンジで仲良くなった40代のお客さんに『いつか自分でお店をやりたい』と話すようになったんです。そしたら、援助するよと言ってくれて」
ミキコさんから「援助してほしい」と言ったわけではないものの、思わぬ形でパトロンになってくれる男性に出会ったという。男性の職業は詳しくは分からないというが「貿易関連の会社の経営者」だったとミキコさんはいう。
「その男性が間に入ってくれたおかげでぴったりの物件が見つかりました。彼は資金援助という形ではなく、お店の内装や、食器などを用意してくれた感じです」
その後、ミキコさんはめでたく開業。新型コロナウイルスなどの影響もあって、20代の間に開業する夢はかなわなかったが、32歳の時に自身のお店を持つことができたという。
「自分は“港区女子”になろうと思ってなったわけではないけど、今考えたら港区女子だったのかもしれません」
ただ“援助してくれるだけ”の関係がありえるのか
「開業資金は受け取っていない」と話すミキコさんだが、内装や食器を一式そろえるだけでも男性はかなりの金額をミキコさんに援助したことになる。ただ“援助してくれる”だけの都合の良い関係がありえるのだろうか。「援助してくれた男性と同伴やアフター、休日に会うこともありました。でも付き合っていないし、体の関係もありません。男性の好意を感じたことはあります。でも相手は既婚者ですし、私ははっきりと『今は開業のことで頭がいっぱいです』と話しました」
開業後の現在も、男性はお店にもちょくちょく来るという。ミキコさんは「最近“自分の店感”を出されるときがあって少し嫌ですけど……(苦笑)」と前置きしながら、「でも港区のラウンジで彼に出会っていなければお店は出せていなかったので良かった」と語る。
「港区活動=事業資金調達」という選択肢
ミキコさんのように起業の願望がある人なら、事業資金をどのようにねん出するかを悩む人は多いだろう。通常の資金繰りであれば、貯金して自己資金を作る方法だけでなく、銀行や金融機関からの融資、投資家などに株式を買ってもらい出資を受ける方法などが考えられる。近年ではクラウドファンディングで資金を募る方法も普及し、こちらは起業に限らず、さまざまな目的で資金集めをする際の1つの選択肢として広く認知されている。
しかし、上に挙げた資金調達には、何らかの「リターン」が必要になる。融資であれば、まず借り入れまでに厳正な審査があり、審査が下りたら利息を含めた返済を続けなければならない。出資を受けた場合にも、株式提供や出資者が期待する“見返り”を想定する必要がある。クラウドファンディングでも、プランに合わせた商品やサービスを用意し、出資者にお返しするのが一般的だ。
一方で、港区おじさんのようなパトロンの場合、双方による特別な取り決めがなければ、経済的援助に「リターン」を必要としないこともある。ミキコさんがラウンジで出会った男性のように、「(僕が援助したいから)援助するよ」というのは、一種の「応援」ともいえる行為である。
ただし、男性が本当に「リターン」を必要としていないのかが分からず、その意図があいまいだと、後から「お金を出したんだから、付き合ってくれるよね?」といった“暗黙の了解”を迫られる可能性もゼロとは言えないのが怖いところでもある。
港区ドリームは「危険」をはらんでいる
昨今、港区女子という言葉だけが独り歩きし、パパ活をしてぜいたくな暮らしをしている女性や、富裕層の男性の愛人のような存在として捉えられることが多くなっている。しかし港区女子の中には、ミキコさんのように、自身の夢をかなえるために港区に集い、最終的に自身で稼ぐ女性も含まれる。一般的に想像される「夢を追う女性」と「夢を追う港区女子」に差があるとすれば、金銭的にバックアップしてくれる富裕層の男性=港区おじさんの存在がいるかどうか、ではないだろうか。
「港区女子」という言葉を最初に広めたライフスタイル雑誌『東京カレンダー』(東京カレンダー)の短編ドラマシリーズ『港区おじさん』の中にも、港区女子の夢を、見返りを求めずに援助する港区おじさんが登場する。そんな“都合の良い男性”が存在するのはドラマの中だけの話……だと思ってしまうが、ミキコさんは「援助したからといって彼から強引に恋愛関係を求められたことはない」と話す。
しかし、そんな都合の良い話があるのだろうか。話を聞けば聞くほど男性はミキコさんに今も恋愛感情があるのではないか。あわよくば……と思っているのではないか、と勘繰ってしまう気持ちがないとは言えない。
X(旧Twitter)で約4万4000人のフォロワー(執筆時点)を持ち、“港区取締役”を自称するひとみん氏(@htm_192)によれば「自身の夢を実現した港区女子もいるけど、それができるのはごくわずか」で「アラサー以降になると、病む港区女子も多い」という。
港区ドリームに憧れて、港区を訪れる若い女性は多い。しかし、港区で成功できるのはひとにぎりの女性だけ。港区で夢をかなえるためには、ミキコさんのように、相手を不快にさせず、蝶のように好意をひらりとかわす“器用さ”が必要なのかもしれない。
この記事の筆者:毒島 サチコ プロフィール
ライター・インタビュアー。緻密な当事者インタビューや体験談、その背景にひそむ社会問題などを切り口に、複数のWebメディアやファッション誌でコラム、リポート、インタビュー、エッセイ記事などを担当。
ライター・インタビュアー。緻密な当事者インタビューや体験談、その背景にひそむ社会問題などを切り口に、複数のWebメディアやファッション誌でコラム、リポート、インタビュー、エッセイ記事などを担当。