ビジネスにおいて、正しい敬語を使うことは非常に重要です。日本語の敬語表現には尊敬語や謙譲語などの種類があり、相手やシチュエーションに合わせて適切な表現を使うことが求められます。そこで、今回は「行く」の敬語表現について、尊敬語や謙譲語の具体的な例文もあわせて、現役フリーアナウンサーの酒井千佳が解説します。
<目次>
・「行く」の敬語表現の概要
・「行く」の敬語表現:尊敬語
・「行く」の敬語表現:謙譲語
・「行く」の丁寧語は「行きます」
・「行く」の敬語表現:使い方と例文
・シチュエーションに応じた「行く」の敬語使用法
・「行く」の敬語に関するよくある質問
・まとめ
「行く」の敬語表現の概要
一言で「敬語」と言っても、どんな場面で誰について使うのかによって「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」などいくつか種類があり、その表現もそれぞれ異なります。・尊敬語:「行かれる」「いらっしゃる」
「尊敬語」は相手を立てる敬語表現です。「行く」の尊敬語は、「行かれる」や「いらっしゃる」などと表現することができます。
・謙譲語: 「伺う」「参る」
「謙譲語」は、自分がへりくだる表現です。「行く」の謙譲語は「伺う」や「参る」などと表現します。
・丁寧語:「行きます」
「丁寧語」は、動作の主語にかかわらない表現です。丁寧語で「行く」は、「行きます」と表現するのが一般的です。
「行く」の敬語表現:尊敬語
尊敬語は、動作を行う人を立てることでその人への敬意を示す表現です。動詞に「〜れる・られる」をつけたり、「お〜になる」や「〜なさる」という表現のほか、言葉自体を言い換える場合もあります。・尊敬語(1)いらっしゃる
「いらっしゃる」は言葉自体を言い換える表現です。「行く」の尊敬語として使えるだけでなく、「来る」の尊敬表現としても使うことができます。
・尊敬語(2)行かれる
「行かれる」は「行く」に、尊敬の意味の助動詞「〜れる」をつけたものです。「行く」の場合、尊敬語のその他の定型表現「お〜になる」や「〜なさる」を使った言い方はあまり一般的ではありません。「行く」を変化させる場合は「行かれる」を使うのが良いでしょう。
・尊敬語(3)おいでになる
「おいでになる」も、「いらっしゃる」と同様に言葉自体を言い換える表現で、「行く」「来る」のどちらも表す尊敬語です。「行く」と「来る」を同じ言葉で表現できるのは日本語の面白いところですね。
「行く」の敬語表現:謙譲語
謙譲語は、自分の動作についてへりくだった表現を使うことで相手への敬意を示す言葉です。動作を表す言葉に「~いたす」をつけたり、「お~する」とする表現のほか、尊敬語の場合と同じように言葉自体を言い換えることもあります。行くの場合は「~いたす」や「お~する」といった表現は使わず、以下に紹介するような言葉で言い換えるのが良いでしょう。・謙譲語(1)伺う
「伺う」は、「行く・訪問する」などの謙譲語として使える表現です。また、「話を聞く」「質問する」という意味でも謙譲表現として使うことができます。「伺う」をより丁寧に言おうと、「お伺いします」などと言うのを耳にすることもありますが、これは正しい敬語ではありません。「伺う」という謙譲語にさらに「お~する」という謙譲表現を重ねることになり、「二重敬語」という間違った敬語となってしまいます。丁寧に言う場合、「伺います」とするのが良いでしょう。
・謙譲語(2)参る
「参る」も「行く」の謙譲語として使われる言葉です。「伺う」も「参る」もいずれも「行く」の謙譲語ですが、そのニュアンスには少し違いがあります。文化庁の「敬語の指針」では謙譲語は2種類に分類されています。1つ目は、話している相手に対してへりくだるもの。もう1つは、動作の相手に対してへりくだるものです。このうち、「参る」は前者の話し相手に対する敬意を示す言葉であるのに対し、「伺う」は動作の相手、つまり訪問先への敬意を示す表現となります。
少しややこしいので、具体的な例で考えてみます。まず、上司であるAさんに、友人と会うことを伝えたい場合、敬意を払う対象は話し相手であるAさんですので「友人のところへ参ります」とするのが良いでしょう。一方で、Aさんに、別の上司であるBさんのもとへ行くことを伝える場合を考えると、訪問先であるBさんに対しても敬意を示す必要があります。この場合は「Bさんのところへ伺います」とするのが良いでしょう。
「行く」の丁寧語は「行きます」
丁寧語は、相手を問わずに使える敬語で言葉を丁寧に表現するものです。語尾を「~です」や「~ます」「~ございます」などに変化させる表現で、「行く」の丁寧語は「行きます」となります。「行く」の敬語表:現使い方と例文
「行く」の尊敬語、謙譲語、丁寧語の具体的な例文を以下に示します。・尊敬語を使った例文
「まもなく、そちらに社長がいらっしゃると思います」
「これからA社に行かれるなら、同行させてください」
「先生が会場においでになるのは5時頃の予定です」
・謙譲語を使った例文
「先生の基調講演会には、私も伺うつもりです」
「(上司に予定を聞かれて)明日の休みは祖母の家へ参ります」
・丁寧語を使った例文
「毎年夏には家族で旅行に行きます」
シチュエーションに応じた「行く」の敬語使用法
ここまでご説明したとおり、敬語には尊敬語、謙譲語、丁寧語などの種類があるのに加えて、それぞれの敬語に複数の表現があります。ここからは、シチュエーションごとに、どの敬語表現を使えば良いかみていきます。・自分が訪問する場合の表現
自分が訪問する場合、「行く」動作をするのは自分自身となります。謙譲語を使って自分の立場をへりくだらせることで、相手への敬意を表わすのが良いでしょう。訪問先への敬意を表したい場合は「伺う」、行くことを伝える相手(話し相手)への敬意を示したい場合は「参る」を使うのが適切です。また、知人などとの日常会話では、丁寧語の「行きます」を使うのが良いでしょう。
・相手が訪問する場合の表現
話し相手がどこかを訪問する場合、「行く」動作をするのは相手ですので、相手を立てる表現である尊敬語を使うのが適切です。「行かれる」「いらっしゃる」「おいでになる」を使うと良いでしょう。
・ビジネスシーンでの正しい使い分け
ビジネスシーンで敬語を使う場合、話し手である自分自身と、話し相手、「行く」という行動の主体となる人の関係性に留意する必要があります。自分自身か相手のどちらかが「行く」場合は、自分が訪問するのなら謙譲表現、相手が訪問するなら尊敬表現を使えば良いのであまり難しいことはありません。
少し注意が必要なのは、上司など目上の立場の人が取引先などを訪問する場合です。上司は社内では目上の人であっても、社外の人に対しては身内として扱うべきです。そのため、「(課長が)伺います」など、訪問先を立てる謙譲表現を使うのが良いでしょう。
また、最も悩ましいのは、自分の上司が、社内でさらに上の立場の人を訪問する場合です。例えば、部長が社長を訪問することを社長に伝えたい場合、部長を立てて尊敬語を使うべきか、社長からすると部長の立場は下になるので謙譲語を使うべきか、難しい問題です。文化庁の「敬語の指針」でもどちらが正解とは書かれていないので、尊敬語、謙譲語どちらを使っても間違いではないでしょう。尊敬語を使う場合、部長には「行かれる」、さらに上の立場である社長の訪問を表現する場合には、より丁寧な印象のある「いらっしゃる」「おいでになる」を使うことによって、敬意の程度の差を表現するのも良いでしょう。
・日常会話での適切な使い分け
日常会話で、気の置けない知人と会話する場合などは丁寧語の「行きます」を使うのが良いでしょう。親しい間柄で尊敬語や謙譲語を使うと堅苦しい印象を与える可能性もありますので、相手との関係性に合わせて選ぶ必要があります。また、日常会話の中でも、接客業に従事する人の場合は、お客さんに対して尊敬語や謙譲語を使うのが良いでしょう。
「行く」の敬語に関するよくある質問
最後に、「行く」の敬語表現に関してよくある質問について解説します。・Q. 「行かせていただく」は正しい敬語ですか
「行かせていただく」は、「行く」の謙譲表現の1つです。これ自体は日本語として間違っているわけではありませんが、使い方には少し注意が必要です。「~させていただく」というのは、謙譲表現の中でも、特に相手から許可を得て行う行動に使われるものです。例えば、相手から招待を受けて訪問する際に「お言葉に甘えて、行かせていただきます」と言ったり、上司の許可を得た上で「明日の午後は、休みをとって歯医者に行かせていただきます」などとするのは間違いではありません。一方で、「朝礼の時間までに行かせていただきます」のように、許可の有無が関係ない状況で使うのは適切ではありません。
・Q. 英語で「行く」の敬語を表す表現はありますか
英語には日本語のように明確な尊敬語や謙譲語があるわけではないため、「参ります」などの表現をしたい場合も、基本的には「行く」を意味する「go」や「visit」を使えば良いでしょう。また、「行きますか?」や「いらっしゃいますか?」など、質問をする場合には「Would you ~」や「Could you ~」といった表現を使うと丁寧な言葉遣いとなります。
まとめ
「行く」の敬語表現は、尊敬語としては「行かれる・いらっしゃる・おいでになる」、謙譲語としては「伺う・参る」、そして丁寧語としては「行きます」などがあります。日本語の敬語表現は複雑ですので、どの表現を使うのが適切か悩む場面もあるかもしれません。相手やシチュエーションに合わせてうまく使い分けられるよう、それぞれの敬語表現の意味や使い方を参考にしてみてください。■執筆者プロフィール 酒井 千佳(さかい ちか)
フリーキャスター、気象予報士、保育士。
京都大学 工学部建築学科卒業。北陸放送アナウンサー、テレビ大阪アナウンサーを経て2012年よりフリーキャスターに。NHK『おはよう日本』、フジテレビ『Live news it』、読売テレビ『ミヤネ屋』などで気象キャスターを務めた。現在は株式会社トウキト代表として陶芸の普及に努めているほか、2歳からの空の教室「そらり」を主宰、子どもの防災教育にも携わっている。