キャズムの意味とは? キャズムを超える戦略や事例、イノベーター理論について解説

ビジネスの分野で「キャズム」とは、新商品や新しいサービスを顧客に浸透させる際に生じる、大きな障害や壁を意味します。新しい技術や、それを用いた商品やサービスを売り出した時、広く普及させられるかどうかの鍵を握る「キャズム」の意味や、背景にあるイノベーター理論について解説します。

キャズムの意味
キャズムの意味を解説

新しい技術や、それを用いた商品やサービスを売り出した時、広く普及させられるかどうかの鍵を握るのはなんでしょうか。重要なポイントの1つとして「キャズム」があります。今回は、「キャズム」とはなんなのか、キャズムを考える上で重要なイノベーター理論の考え方とともに、現役フリーアナウンサーの新保友映が解説します。

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<目次>
キャズムの意味とは
イノベーター理論とは
イノベーター理論に存在する3つの溝
キャズムを超える戦略
キャズムを超えた・超えられなかった事例
まとめ

キャズムの意味とは

「キャズム」とは、英語では「chasm」と表記し、地面や岩などの深く幅の広い割れ目や裂け目を意味します。ビジネスの分野で使われる場合、「キャズム」とは、新商品や新しいサービスを顧客に浸透させる際に生じる、大きな障害や壁を意味します。

・キャズム理論とは
ビジネスにおける「キャズム」について説明した理論が「キャズム理論」です。マーケティングの世界的な権威者であるジェフリー・ムーアが著書『キャズム』(原題『Crossing the Chasm』)の中で提唱しました。この理論では、新しいサービスや商品が市場に浸透する過程を5つの段階に分けて説明したイノベーター理論に基づいて、第1段階から第2段階までを「初期市場」、第3段階から第5段階までを「メインストリーム市場」と設定します。そして、この2つの市場の間に大きな障壁「キャズム」が存在するとしています。その上でこのキャズムを乗り越えることが市場の開拓において重要であるとするのが「キャズム理論」です。

・キャズムが生じる理由
ではなぜ、「キャズム」が生じるのかというと、消費者によって価値観が違うことが大きな要因です。物を買う時に何を重視するかは人によってさまざまですが、特にキャズム理論における「初期市場」と「メインストリーム市場」の消費者の間には大きな差があるとされています。

まず、「初期市場」の消費者は、「新しさ」や「革新性」に価値を感じて消費行動につながります。新しい物への感度が高く、誰も使っていないものや最先端の物を試してみたいという好奇心を持っています。これに対して「メインストリーム市場」の消費者は、「安心感」を求めます。新しいサービスや商品を試すことには慎重で、実績や安全性が担保された信頼できるものを選ぶ傾向にあります。

革新性によって初期市場で支持された新しいサービスや商品が、保守的なメインストリーム市場でも受け入れられるためには、新しさに加えて安心感も提供する必要があり、この「革新性」と「安心感」の両立の難しさから、大きな障壁(キャズム)が生じるのです。

イノベーター理論とは

キャズムについて理解を深めるためには、その前提にある「イノベーター理論」について理解しておく必要があります。「イノベーター理論」というのは、新商品が市場に普及していく過程を5つの段階に分けて考えるものです。この理論では、新商品を購入、採用するタイミングの早い順に、消費者を5つのグループに分類します。

・イノベーター(革新者)
「イノベーター」は市場全体の2.5%程度と、最も少ないグループです。新商品やサービスが発表された最も初期の段階で利用する層で、新しい物であれば、どんなものでも使ってみたいと考えるグループです。その商品やサービスが良いものか悪いものかがわかっていない段階でも、まずは試してみようとする好奇心にあふれ、最新の技術そのものに惹かれて購入することもあります。

・アーリーアダプター(初期採用者)
「アーリーアダプター」は市場の13.5%のグループで、新しい物や流行に敏感な消費者です。新しい物への好奇心という点ではイノベーターとも共通しますが、イノベーターが最新技術そのものへの興味など、個人の価値観や好奇心に基づいて消費行動をとるのに対し、アーリーアダプターはその商品やサービスが流行しそうかという点に価値を感じるところに違いがあります。流行を先取りしようという意識のある層ですので、他の消費者への影響力も高いと考えられています。このグループにしっかりと訴求できるかどうかが、商品やサービスを浸透させる上で重要な鍵を握ります。

・アーリーマジョリティ(前期追随者)
「アーリーマジョリティ」は市場の34%という大きな割合を占めるグループで、流行を積極的に取り入れようとする層です。トレンドを押さえたい、流行に乗り遅れたくないという意識はあり、新しい物への興味はあるものの、アーリーアダプターに比べるとやや慎重な姿勢です。市場に占める割合の大きさから、新しい物を市場に浸透させる役割を担っていて、最も利益を生み出す層といっても過言ではありません。

・レイトマジョリティ(後期追随者)
「レイトマジョリティ」は、市場全体の34%と、アーリーマジョリティと並んで大きな割合を占める消費者層です。この層は、新しい物を取り入れることに対しては消極的で、すでに広まっているものや、多くの人がつかっていることが保証されていなければ消費行動につながりません。この層に浸透させるためには、世の中での普及率が高くなるのを待つ必要があります。

・ラガード(遅滞者)
「ラガード」は、市場の16%にあたるグループで、新しい技術に対して懐疑的で、新商品やサービスに対する消費行動も非常に保守的な層です。この層は、新しい物がトレンドとして世の中に普及するだけでは消費行動に結び付きません。新しかったものが十分に世の中に浸透し、当たり前の文化の一部になって初めて購買に結びつきます。

イノベーター理論に存在する3つの溝

イノベーター理論の5つの消費者グループは、それぞれ違った価値観を持っていますので、各グループの間には溝があると考えられています。この溝をクラック(「crack」ひび割れの意味)と呼び、その中でも最も大きく、重要なクラックがキャズムです。キャズムを含むクラックを乗り越えて市場を広げていくためには、それぞれのグループに合わせてマーケティング戦略を変えていくことが求められます。

・クラック1
まず1つ目のクラックは、最初の消費者であるイノベーターと、第2段階であるアーリーアダプターの間の溝です。この2つのグループは、新しい物に積極的な関心を持っているという点では共通しますが、個人的な興味のみで消費行動を起こすイノベーターに対して、アーリーアダプターは実利を意識するところに違いがあります。どれだけ革新的な技術が使われていても、個人の関心を引くだけではこの溝は越えられません。その技術が実際にどのように役に立つのか、どのように生活を豊かにするのかを示すことが第1のクラックを越えるためには必要です。

・クラック2
第2の溝(クラック)は、消費者層の第3段階であるアーリーマジョリティと第4段階のレイトマジョリティとの間のクラックです。この段階まで来れば、新製品やサービスはアーリーマジョリティまで浸透していますので、市場には十分に広がった状態と言えます。この溝で問題となるのは、新製品やサービスの使い方への理解度です。革新的な商品やサービスというのは、それまでの生活の中では経験したことのないものですが、レイトマジョリティは新しい物に対して保守的ですので、分からないことを積極的に身に付けようとはしません。この溝を乗り越えるためには、より一般的で分かりやすい利用方法を提供する必要があります。

・キャズム
各層の間にあるクラックのうち、最も大きく、最も重要とされるクラックが、第2段階のアーリーアダプターと第3段階のアーリーマジョリティの間にあるクラックで、これがキャズムです。キャズム理論では、新しい物にいち早く反応する「イノベーター」「アーリーアダプター」を「初期市場」とし、キャズムを挟んで、「アーリーマジョリティ」「レイトマジョリティ」「ラガード」の3つを「メインストリーム市場」として考えますが、それぞれの市場が全体に占める割合は、初期市場が16%、残りの84%がメインストリーム市場ですので、キャズムを乗り越えメインストリーム市場に浸透することは非常に重要です。しかし、前述したとおり、初期市場とメインストリーム市場には消費に対する価値観に大きな隔たりがありますので、キャズムを乗り越えるためにはしっかりとした戦略が必要になります。

キャズムを超える戦略

メインストリーム市場への参入と普及を目指す上では、必然的にキャズムを超えなければなりません。ここからは、キャズムを超えるために必要な戦略を見ていきます。

・市場分析の際に顧客をセグメンテーションする
キャズムを乗り越えるためにまず重要なのは、顧客のセグメンテーションです。キャズム理論を提唱したジェフリー・ムーアは「複数の市場セグメントを同時に追い求めては、キャズムを越えられない」と述べていて、市場を細分化した上で、1つの市場セグメントに絞り込むことが重要だとしています。できるだけ細かくセグメンテーションを行い、自社が戦える市場を見極めることによって、より効率よく、効果的な戦略を打ち出すことができます。

・顧客のターゲティングを明確に行う
イノベーター理論における5分類では、それぞれのグループに属する消費者の価値観は異なります。どのグループにアプローチをするのかを明確にしなければ効果的な戦略を取ることはできません。中でもキャズムを超えるために重要になるのは、キャズム以前にあるアーリーアダプターと、キャズム以降のアーリーマジョリティの層です。

アーリーマジョリティは、アーリーアダプターによる口コミなどの評判や浸透度などの実績を見て消費行動に移ります。一方で、アーリーアダプターは新しさに価値を置きますので、まずは、革新性を重視したデザインやサービスでアーリーアダプターの支持を集め、それを積極的に拡散してもらうことでアーリーマジョリティの層にアプローチすることができます。近年増えているインフルエンサーによるPRも有効な手法の1つですし、このほかにも、導入実績や具体的な効果を表せる数字を明示するなど、信頼感や安心感を獲得できる広告を打つことで、アーリーマジョリティを獲得することができます。効果的に訴求するためには、どの段階でどの層をターゲットにするのか、明確に設定することが必要です。

・ニッチ市場を狙う
ジェフリー・ムーアは著書に「キャズムを超えるときの大原則は、特定のニッチ市場を攻略地点として設定し、持てる勢力を総動員してそのニッチ市場を支配することである」とも記しています。いきなり大きな市場に乗り出しても、実績の少ないスタートアップなどでは成功しにくいのが現状です。まずは、大手企業がくみ取れていないような、規模は小さくても課題や需要が明らかに存在するマーケットを主戦場にし、そこを支配することを目指します。小さなものであったとしても確実な足掛かりをまず獲得し、そこから徐々に大きな市場へとシェアを広げることが重要です。

キャズムを超えた・超えられなかった事例

最後に、さまざまな企業の具体的な事例をご紹介します。キャズムを上手く乗り越えた事例と、反対にキャズムを乗り越えることができなかった事例も併せてご紹介します。

・キャズムの事例(1)ネスカフェ
ネスレ日本は、コーヒーマシン「ネスカフェバリスタ」をオフィスに普及させる際、「ネスカフェアンバサダー」というキャンペーンによってキャズムを乗り越えました。このキャンペーンでは、Web上でアンバサダーを募集し、選ばれた人に無料でバリスタを貸し出しました。そして、実際にオフィスで使用してもらった上で、感想などのアンケートをとったり、使用している様子をSNSに投稿するなど情報発信をしてもらうことで、市場での知名度を上げ、アーリーマジョリティを獲得しました。

・キャズムの事例(2)メルカリ
フリマアプリの「メルカリ」はメディアをうまく活用することでキャズムを乗り越えました。初期のメルカリは、まずユーザービリティの向上に力を入れました。UIやUXの改良など、サービスの改善を繰り返し一定の質を担保することで、アプリのダウンロード数は200万を超えました。このタイミングで、一気に認知度を上げるためテレビCMやネット広告で露出を増やし、アーリーマジョリティの獲得に成功しました。9カ月後の2015年2月には1000万ダウンロードを達成し、2018年3月末の時点では累計で1億800万を超える人気アプリとなりました。

・キャズムの事例(3)Uber Technologies
続いての事例はフードデリバリーサービスの「Uber Eats」や、タクシーの配車サービス「Uber」を運営する、Uber Technologiesです。Uber Technologiesは、配車サービス「Uber」を市場に普及させるために、シリコンバレーのスタートアップ企業で働く従業員たちをアーリーアダプターとしてターゲットにしました。当時のシリコンバレーはタクシーがつかまりにくいという課題を抱えていました。そこで、IT技術への感度の高い人たちが集まるテック系のイベントのスポンサーになり、参加者に無料で配車サービスを利用してもらうことで支持を集めました。サービスを体験した利用者がSNSやブログで情報を拡散したことでアーリーマジョリティ層にも浸透し、キャズムを超えることができました。

・キャズムの事例(4)LINE
現在では、スマートフォンユーザーのほとんどが利用している、無料通信アプリ「LINE」もキャズムを超えた事例の1つです。アーリーマジョリティを獲得するために非常に有効なものの1つに、アーリーアダプターからの口コミがあります。LINEは、その利便性の高さから口コミが広がり、一気に市場に浸透しました。LINEを使用するきっかけを思い出してみると、「知人にすすめられた」「周囲の人が使っていた」という理由だった人も多いのではないでしょうか。LINEが登場したのは2011年と比較的最近ですが、2023年4月の時点で、国内普及率は83.4%となっています。2023年の世帯ベースでのスマートフォンの普及率が89.9%ですから、単純比較はできないものの、スマートフォンユーザーにいかにLINEが浸透しているか分かります。

・キャズムの事例(5)Apple Newton
最後は、残念ながらキャズムを超えることができなかった事例です。iPhoneやMacなどでおなじみAppleが1993年に発売した端末「Apple Newton」は、当時の最先端の技術が搭載された商品でした。手書き文字の認識能力を備えていたほか、赤外線通信を使った情報交換ができたり、パソコンとの同期も可能な革新的な端末でした。しかし、手書き文字の認識能力の低さや、赤外線通信が当時はまだ普及していなかったこと、加えて、端末が大きく重く、価格も高かったため、実生活の中で使用するイメージの湧きにくいものでした。先端技術への感度が高いイノベーターには支持されても、実用性の低さからキャズムを超えることはできず、市場に普及することはありませんでした。

まとめ

新しい商品やサービスを売り出したとき、市場に浸透させるために乗り越えなければならない大きな障壁を「キャズム」といいます。キャズムを越えるためには、イノベーター理論に表される消費者の層を理解すること、そしてそれぞれの層に合わせた効果的な戦略を打ち出すことが重要です。

ぜひこの機会に、キャズムや、イノベーター理論、またこれらに基づく効果的なマーケティング戦略を確認してみてください。

■執筆者プロフィール
新保友映
新保 友映(しんぼ ともえ)
山口県岩国市出身。青山学院大学卒業後、2003年にアナウンサーとしてニッポン放送に入社。『オールナイトニッポンGOLD』のパーソナリティをはじめ、『ニッポン放送ショウアップナイター』やニュース情報番組、音楽番組など担当。2018年ニッポン放送退社後はフリーアナウンサーとして、ラジオにとどまらず、各種司会、トークショーMC、YouTube、Podcast、話し方講師など幅広く活動。科学でいじめのない世界をつくる「BE A HEROプロジェクト」特任研究員として、子どもたちの授業や大人向け講座の講師も担当している。
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