子育てと“学校の先生”は両立可能? 元女性教員に聞いた過酷な新任時代→ワーママ1年目で変えた習慣

新卒だからといって「副担任」からスタートすることが難しい小学校現場。「先生の幸せ研究所」代表の澤田真由美さんに、若手教員時代の経験とともに、教員や子どものウェルビーイングへの思いを聞いた。

【連載「先生の幸せ研究所」の澤田真由美さんに聞いた学校現場のリアルーVol.1ー】
ボロボロになった新任時代
若手教員を育成する余裕のない学校
学校現場の「働き方改革」が叫ばれて久しい。多くの人が先生たちの忙しさを認識しつつあるものの、その内実は意外と知られていないのではないだろうか。

そこで、自身も教壇に立った後に、教員のウェルビーイングを叶えるために業務改善を進める「先生の幸せ研究所」を設立した澤田真由美さんに学校現場のリアルな状況について聞いた。

新卒で即クラス担任。トラブルの火消し対応に追われる日々

東京都と大阪府で約10年間にわたり小学校教員を経た後、自身の経験をもとに教員の働き方改革を進める「先生の幸せ研究所」を設立した澤田真由美さん。東京都の教員時代は、「思い出したくない」と語るほどに過酷な日々を送っていたという。若手教員時代にどのような体験をしたのだろう。

「教員として右も左も分からず、どのような振るまいをすべきなのか手探りの日々でした。『自分が小学生の時、担任の先生はこんなふうにしていたな』と思い返してまねしても、うまくいきません。放課後は遅くまで残らなければ仕事は終わらず、クラスは荒れて、トラブルの火消し対応に追われる毎日でした」

大学卒業後、研修期間がない場合も多く、すぐにクラス担任となる小学校現場。学校ごとに教員定数が定められているため、新卒だからといって「副担任」からスタートできることはほぼない。自治体ごとに初任者研修はあるものの、悩みを解決する場にはならなかったという。では、学校内で教員の育成体制はないのだろうか。

「ベテランの先生の授業を見学に行くことはできたのですが、自分のクラスが落ち着いていなければ、教室を離れられません。放課後に周囲の先生に質問をして教えてもらうこともありましたが、会話だけではつかめず教室で生かすことがなかなかできませんでした」

未熟な学校の組織体制に教員の仕事はより混乱

学級経営や授業、校務分掌などさまざまな業務が教員にはある。新卒の場合には、具体的にどのようなことに混乱するのだろうか。

「そもそも学級経営とは何をしたらいいのかも分からない状態でした。例えば、座席表決め。クラス担任として、子ども同士の関係性や特性において配慮すべきことすら、把握できていませんでした。また、保護者との懇談会などで、何をどう伝えると安心してもらえるのかといったコミュニケーションの取り方も分かっていませんでした」

「職員室での電話の取り次ぎ方も分からなかった」という社会人としての振るまいにも戸惑いがある中で、クラス担任としての未知の業務に1人で挑む初任者教員。澤田さんは校内の組織体制について混乱することも多かったと語る。

「どこまでが担任裁量で、どこからが学年主任や校長先生の決裁が必要なのかの見分けがつかず混乱することがよくありました。『それぐらい自分で決めていいよ』と言われることもあれば、自分で決めると『勝手なことをして』と注意されることもある。探り探り取り組んでいる状況でした」

学校現場は、組織における裁量が把握しづらい構造となっている。新任教員であればなおのことだ。現在は、学校や自治体によって差はあるものの、組織マネジメントの概念が少しずつ広がり、体制は改善されつつあるという。

最も苦労した保護者対応。ありのままを「自己開示」することで起きた変化

ほどなくして、澤田さんは結婚を機に教員を退職。「もう二度と教師はしない」と思っていたところで、ワークライフバランスについて書かれた『結果を出して定時に帰る時間術』(小室淑恵著/成美堂出版)と出会う。「結果を出すことと定時に帰ることは、同時に叶うはずがない」と考えていた澤田さんは、この本に衝撃を受けた。

「ワークライフバランスは、両者の時間割合のバランスを取るというより、“シナジー”を起こしていくことが重要なのだと学びました。つまり、私生活を豊かにすればするほど、コミュニティや人脈は増え、アイデアも湧き、仕事に生きていく。ワークとライフを相乗効果で豊かにできることを知ったのです。そして、この学びを生かしたいという思いから、再度教員採用試験を受けることにしました」

大阪府の教員へと再就職した時、澤田さんは0歳8カ月の子の育児真っ最中。東京都から大阪府に引っ越したため、頼れる実家や親戚は近くにいない。その上、車での送り迎えが必要な距離にある保育園に決まった。「ワークライフバランスを実現するのに、決していい環境とはいえなかった」と澤田さんは振り返る。

「勤務校がどこになるかはギリギリまで分からないので、復職先の準備はできませんでした。しかし、ふたを開けてみたら、とても楽しい教員生活を送ることができました。定時に帰り、延長保育を使う必要もほとんどありませんでした」

東京都で勤務していた時とは、大きくどのような点が異なっていたのだろう。

「マインド面で大きく2つの違いがありました。1つは、自分が最も疲弊していたことは何かを棚卸しし、その対策を練れたこと。東京都での勤務時代は保護者への対応にとても苦労して、疲れ切っていたんです。そこで教員サークルに入り、ベテランの先生に『懇談で何を伝えるか』『家庭訪問の際の第一声は』『保護者に絶対に伝えるようにしていることは何か』といった細かいポイントを聞いておきました。さらに、もし関係がこじれてしまった場合には、この人に相談しようというつながりができたことも支えとなりました」

自分の中にある不安と向き合い、プライベートの時間に自己投資をして対策を練った澤田さん。これは、ワークとライフの双方を充実させ、シナジーを起こしていく発想に基づいている。

「もう1つのマインドチェンジは、自己開示をしていくことです。保護者の方に、『私も子育て中で、大阪には頼れる親族がいなくて大変です』ということや、『なぜもう一度教員を目指したのか』といったお話しをして、悩みや弱みなども含めてありのままの自分を伝えることを心がけるようにしました。すると、『うちも共働きで大変なので応援しています』と寄り添ってくださる保護者が増えたのです。こうした先生であらねばという鎧(よろい)を自分から脱いでいくことによって、人間同士の関係性を築くことができたわけです」

人との関係性を育んでいくには、まずは自分自身が「自己開示」をしていく姿勢が欠かせない。これは教員と保護者の間だけではない。教員と子ども、親と子どもの関係性においても、同様のことがいえるのではないだろうか。

子ども・保護者、教員のウェルビーイングの輪を広げたい

澤田さんは、「あるべき先生像」に縛られ、あれもこれもと前例踏襲でパンパンに膨れ上がった業務を思い切ってやめたら、子どもたちとの関係性も変化し、教員生活がとても楽しいものになっていったと語る。

「私自身が本当に楽しいと思えることを重ねていき、自分の人生が満たされるのを実感するとともに、子どもたちに対してもたくさん“自己決定”してほしいという思いが強まりました。その結果、私が指示を出さなくとも、子どもたちが主体性を発揮してクラスを運営していくようになったんです。大人の指導を引き算していく学級経営は、結果的に労働環境の改善にもつながりました」

当時の澤田さんは、「このまま教員の道を進んでいってもいいのではないか」というやりがいを強く持っていた。ただ、ワークライフバランスのあり方や、それに向けたマインドセットを知るだけで、大きく働き方を変えられるということを知らない先生たちが周囲にはたくさんいた。

「このまま教員を続けるのも楽しいけれど、もしこうした考え方を伝えることができたら、もっと幸せな子ども・保護者、そして先生の輪を広げていくことができるのではないかと考えました」

この思いから、澤田さんはのべ約10年間にわたった教職を辞め、「先生の幸せ研究所」を設立した。目指すは、教員の労働環境を改善することで、子どもたちの幸せな学びを実現していくこと。現在、日本全国の学校に向けて、澤田さんは活動を続けている。
 
取材協力:「株式会社先生の幸せ研究所」代表取締役 澤田真由美
東京都と大阪府の小学校教員として勤務。教師として悩みぬいた自身の経験から、幸せな先生・大人を増やしたいと、2015年4月に独立し「先生の幸せ研究所」を設立。学校専門ワーク・ライフ・バランスコンサルタントとして、全国の学校や教育委員会で働き方改革と組織開発をサポートしている。著書『「幸せ先生」のダンドリ術』他。
https://www.imetore.com/
この記事の執筆者:佐藤 智
教育ライター。株式会社レゾンクリエイト執行役員。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーションにて、学校情報を収集しながら教育情報誌の制作を行う。その後、独立。全国約1000人の教師に話を聞いた経験をもとに、現在、学校や教育現場の事情をわかりやすく伝える教育ライターとして活躍中。著書『SAPIXだから知っている頭のいい子が家でやっていること』など。
https://raisoncreate.co.jp/
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