「保護者の期待を裏切りたくない、評価がプレッシャー」と先生の本音。学校が変わるために必要な理解

運動会や学芸会では、指示が行き届いていてピシッとした発表を保護者に見せてあげたいと思う教員は少なくない。規律重視の教育から転換すべき今、保護者にも知っておいてほしい視点を「先生の幸せ研究所」代表の澤田真由美さんに聞いた。

【連載「先生の幸せ研究所」の澤田真由美さんに聞いた学校現場のリアルーVol.3ー】
運動会の規律
運動会の規律は子どものため? 保護者の満足のため!?
東京都と大阪府で約10年間にわたり、小学校の教員経験を持つ澤田真由美さん。退職後、教員のウェルビーイングのために業務改善を行う「先生の幸せ研究所」を設立し、多くの学校や自治体へのサポートを行っている。

教員の「働き方改革」が叫ばれて久しいが、学校現場が変わるには保護者の理解も欠かせない。先生たちが教育スタイルを転換していくべき今、保護者が見直すべき視点とはどのようなことなのだろうか。

教員が感じるやりがい“子どもの成長”には2パターンあるが……

教員の平日1日あたりの在校時間は、小学校で10時間45分、中学校で11時間1分。この勤務時間の結果から、長時間労働の職種といえる。実態を受け、2021年度には、中央教育審議会から4つの柱のうちの1つとして「学校における働き方改革の推進」が掲げられた。

こうした業務環境の中で、働き続けている教員はどのような思いを抱いているのだろう。「先生の幸せ研究所」の澤田真由美さんはこう説明する。

「学校の先生は、長時間労働の現場にありながら、他業種に比べて、やりがいを持っている人が多いということが分かっています。何にやりがいを感じているかは、端的にいうと、“子どもの成長”に、です」

先生たちは具体的にどのようなシーンで子どもの成長を実感しているのだろうか。

「大きくは2パターンあると感じています。1つ目は、子どもたちが主体性を発揮して、大人が指示を出さなくとも自分たちで決めてクラスを運営しているような時です。これは、子どものために、先生が手厚い指導を手放すことにより生まれます。私自身も教員をしていた時に、子どもたちを信じて委ねた結果として生まれたこうした姿に何度も感動しました。

2つ目はその逆で、大人から言われた通りにピシッと発表できた、あるいは練習通りにできたといった姿に成長を感じるケースです」

求める成長の仕方によって、結果は大きく異なる。前者は自立して自ら意志決定できる力を養っていく。このように教員が指導を手放すことにより生まれる好循環な学級経営は、「働き方改革」の“大前提”でもあると澤田さんは言う。

一方で後者の成長を求めれば、誰かの指示をきちんと聞く子になり、教員の手厚い指導はさらに必要となっていく。

これからの時代を生きる子どもたちにとってどちらが大切なのかを、私たちは考えていく必要がある。

主体的に学んでいるのか?放任しているのか? 保護者の捉え方が大事 

「後者の成長を望む先生方も、本音では違和感を覚えていることが少なくないんです」と澤田さんは言う。

「大人の指示が行き届いていない学芸会や運動会を見せてしまったら、保護者をがっかりさせてしまうのではないかと思っている先生方が実は多いんです。また、指導を引き算していけば、規律の取れた授業風景ではなくなります。

休み時間のように、ある子はグループ学習して教え合っている、ある子はタブレットで調べ物をしている、ある子は集中してノートに何やら書き込んでいる、といったように、子どもたちが各々で自立的に学んでいる授業になっていく。これを保護者の方が『よく学んでいる』と取るか、『こんなに放任して大丈夫?』と取るかが、学校が変われるかどうかの大きな分かれ道です」

学校での学びを変えていくには、保護者の理解が欠かせない。澤田さんは「子どもたちの自立に向けた教育活動をしているのだと分かってくれる目を持った保護者が増えれば、先生たちの教育のスタイルの転換がとてもスムーズになります」と語る。

先生の余白のなさは子どもにマイナスの影響をもたらす

教員の多忙化は子どもたちにどのような影響を与えるのだろうか。

「『勤務校において多忙と学級崩壊は関係している』と回答した先生は、小中学校で94%にものぼりました(「先生の幸せ研究所」調べ)。さらに、多忙によって褒める回数が減る、叱る回数が増えるなど、忙しさが増すことで丁寧に行うべき教育がしきれなくなることも分かっています。

先生たちの余白の確保は、『先生をラクさせるため』ということが目的なのではなく、教育の質を向上させるために不可欠なことだと理解していただきたいです」

多忙による教育の質の低下は、物理的な時間の欠如により、子どもたちへのケアが行き届かなくなるという構造なのだろうか。澤田さんは「それもあるが、本質的な原因は他にある」と続ける。

「忙しさは、心のゆとりのなさにつながります。ゆとりがない時に、身近な人にキツくあたってしまうようなことはありませんか? 睡眠不足と日中のイライラが関係していることも分かっています。学校の先生は専門性が高いので、なんとか不機嫌を撒き散らすようなことなく保てているのかもしれませんが、心のゆとりがある方が多い状況とはいえないでしょう」

人はシャンパンタワーの法則で満たされていく

「先生は教室で影響力を持っている、シャンパンタワーの1番上のような役割があると思っています。シャンパンタワーは上が満たされて、下のグラスにどんどん注がれていく。つまり、先生が笑顔で豊かな人生を送っていると、教室で子どもたちにも良い影響を与えていくことができます。

現在、多くの学校で、先生がカラカラの状態なのに、子どもたちを何とか満たそうとしているような状況が生じています。それではうまくいきません。そんな状況を改善し、先生方が満たされ、子どもたちが良い方向に向かっていくことができるように支援していきたいと考えています」

そして、このシャンパンタワーの法則は「家庭にも置き換えて考えられる」と澤田さんは続ける。

「家庭では、保護者の方が笑顔で人生を楽しんでいることが、子どもが満たされることにつながっていきます。だからこそ、子育てを優先してもらいたいという思いと同じぐらい、自分自身の人生も優先してもらいたいと願っています。それは、自分本位やわがままではなくて、社会を幸せにすることですし、家庭を幸せにすることなのだということを知ってもらえるとうれしいです」
 
取材協力:「株式会社先生の幸せ研究所」代表取締役 澤田真由美
東京都と大阪府の小学校教員として勤務。教師として悩みぬいた自身の経験から、幸せな先生・大人を増やしたいと、2015年4月に独立し「先生の幸せ研究所」を設立。学校専門ワーク・ライフ・バランスコンサルタントとして、全国の学校や教育委員会で働き方改革と組織開発をサポートしている。著書『「幸せ先生」のダンドリ術』他。
https://www.imetore.com/
この記事の執筆者:佐藤 智
教育ライター。株式会社レゾンクリエイト執行役員。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーションにて、学校情報を収集しながら教育情報誌の制作を行う。その後、独立。全国約1000人の教師に話を聞いた経験をもとに、現在、学校や教育現場の事情をわかりやすく伝える教育ライターとして活躍中。著書『SAPIXだから知っている頭のいい子が家でやっていること』など。
https://raisoncreate.co.jp/
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