いまでは気鋭の教育ジャーナリストとして知られる、おおたとしまさ氏が、プライベートでは新米パパであり、仕事では駆け出しのフリーライターだった約15年前にAll Aboutで綴っていた子育てエッセイ連載「パパはチビのヒーローだ!」が、このたび『人生で大切なことは、ほぼほぼ子どもが教えてくれた。』(集英社文庫)という文庫になった。
刊行を記念して、文庫に収録されている約60本のエッセイのうち11本を厳選して連載する。All Aboutのかつての人気連載が15年ぶりの復活だ。
教育ジャーナリストが自戒の念を込めておくる現役パパへのメッセージ
【第9回】子育ては気のもちよう!
ちょっと想像してみてください。雑誌を見ていて、欲しいコートがあったとき、「ほら、こんな素敵なコートがあったんだけど、買っていいかな?」と配偶者に聞いたとします。リアクションが「何言ってるの? この前も買ってたじゃん!」だったらカチンときてしまいますよね。
でも、「ああ、いいコートだね。きっと似合うだろうね。でも、今月はたしか厳しかったよね」と言われたら、「ああ、そうだよね」と、少しは納得しやすいのではないかと思います。
結論は同じでも、共感があるかないかの違いです。
大人同士だと、結構自然にできてたりします。
でも、親は子どもに対して、ついつい「できる」「できない」だけで返事をしてしまいがち。
子どもがわがままを言うとき、そのわがままをいちいち叶えてしまうようでは子どものためにはなりません。かといって、どうしてわがままを言いたい気持ちになっているのかを察してあげられなければ、子どもは欲求不満をため込むことになります。
「話を聞く」というと、「言いなりになる」ことだと思ってしまうひとがいるようですが、そうではありません。
子どものわがままを実現してしまうのではなく、わがままを言いたくなる気持ちを、根掘り葉掘り聞いてあげるのです。心の中にあるわがまま欲求の存在を認めてもらうだけで、満足することが多々あります。
果てしない人間の欲求を常に満たすことなんてできやしません。でも、ポイントさえ押さえれば、気持ちは案外ちょっとしたことで満たされます。
気持ちを十分に満たされて育った子どもは、果てしない欲求に人生を翻弄されることも少なくなるのではないかと思います。
何かを獲得したり、ひとに勝ったりしなくても、自分の気持ちが満たされることを知っているから。ひとの気持ちを満たすのに、お金もモノも必要ないことを知っているから。
たとえば、私が新米パパ時代、こんなことがありました……。以下、約15年前の連載に掲載されていたエピソードです。
ニセブランド?(チビ6歳・ヒメ3歳、15年前当時)
ヒメがスプーンを使い始めたころ。
そのスプーンはお兄ちゃんのお下がりだった。
もともとは柄の部分に何かの絵があったはずだけど、ママの毎日のゴシゴシ洗いのおかげですっかり真っ白な柄になっていた。
「●%※▼#$&?!(お兄ちゃんがもっているようなアニメのキャラクターがついたスプーンがいい!)」と当時のヒメは言葉にならない言葉で必死に訴えた。
「えっ? アンパンマンのスプーンなんてないのよ、ゴメンね」と、ママ。
ないものはないし……。
でもさ、そんな当たり前の理屈も1歳か2歳のヒメにはわからない。
ひたすら駄々をこねるヒメ。
食事どころじゃない。
でも、子どもなら当然だよね。キャラクターつきのスプーンのほうがいいに決まってる。ごはんだっておいしく感じるに決まってる。
「何で食べてもいっしょ」なんて大人の理屈を振りかざすのは残酷だ。
そこで僕は考えた。
「よし! パパが絵を描いてあげよう」
パパは黒のマジックを取り出し、白い柄の部分にアンパンマンやらばいきんまんやら
の絵を描いた。ちなみにパパの絵はうまくない、が……。
「ほら、アンパンマンもばいきんまんもいるよ!」
僕がニセモノのキャラクタースプーンを見せるとヒメが泣くのをピタッとやめた。うれしそうに笑いながらごはんを食べ始めるではないか!
ニセモノ(それも明らかにニセモノ)のスプーンを渡してごまかすことにちょっとした罪悪感を抱きつつも、同時にそれでも満足してくれるヒメの純粋さにちょっぴりウルッときてしまう。
「こんどそのスプーンが壊れたときには、金のスプーンでも銀のスプーンでも好きなのを買ってやるからな!」僕は心の中で約束する。
そして、そのタフなスプーンはいまでも現役で活躍している。もちろん、そのときに描いた絵は、ママのゴシゴシでとっくに消えてしまってるけど。
オムツ選びにもうるさいママ。オムツはコレ!って決めてるメーカーがあった。
でも、あるとき旅先でいつものとは違うオムツを買うことを余儀なくされた。そして、そのオムツにはヒメの大好きなキャラクターがついていた。
ヒメはその日からそのオムツのとりこになった。そして、そのオムツがなくなったとき、また大騒ぎになった。
「あのオムツがいーい!」とヒメ。
「あれはもうないのよ」とママ。
「イヤだー。じゃ、オムツはかない!!!!」ヒメもゆずらない。
オロオロ(イライラ?)するママを見ていて、パパはスプーン事件を思い出した。
「そのオムツ、パパに貸してごらん!」
パパが油性マジックでオムツにキャラクターの絵を描く。
「ほら!」
ヒメはまたもやまんまとだまされて、大喜び! さっさと自分でオムツをはくと、ご機嫌でみんなに見せびらかす。
それから、毎日パパはヒメのオムツに絵を描かなければならなくなったけど(笑)。
「ないものはないの!」というのは凝り固まった大人の考え方。「ないものはつくればいい!」と、子どもには伝えたいよね。そのためにはパパやママがその手本を見せなきゃね!
相手の気持ちに100パーセント応えることはできなくても、こちらができる100パーセントを出し切ることが大事。大人同士でも同じでしょ。
100パーセントの回答はできないかもしれないけど、70パーセントくらいの希望には応えられるかもしれない。
その70パーセントのために精一杯のことをしてみせる気持ちが相手を120パーセント満足させることもある。
子どもはいつもわがままやきかん坊のように振る舞うけど、そうやって親を試しているのかもしれない。
そして、親がそれにきちんと応えていれば、きっと子どもだって他人に対して同じようにできるようになるはず。
「あ、それでいいんだ!」っていう、目からウロコが落ちる経験は、子育てのなかでたくさんありますよね。
そうやって、自分にこびりついてしまった固定観念を一つずつ引き剥がしていくことで、ひとは自由になっていくのだと思います。
子どもは、親を自由にしてくれる、魔法使いなのかもしれません
教育ジャーナリスト。「こどもが“パパ〜!”っていつでも抱きついてくれる期間なんてほんの数年。いま、こどもと一緒にいられなかったら一生後悔する」と株式会社リクルートを脱サラ。独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を務め、現在は、子育て、教育、受験、進学、家族のパートナーシップなどについて、取材・執筆・講演活動を行う。『勇者たちの中学受験』『ルポ名門校』『不登校でも学べる』など著書は約80冊。