ついに正式承認されたレカネマブは「アルツハイマー病」治療の突破口となるか

【脳科学者・薬学博士が解説】600万人を超える国内の認知症高齢者数。その半数がアルツハイマー型認知症と考えられています。9月25日にアルツハイマー病の新薬として正式承認され、年内にも実用化される見通しとなった「レカネマブ」は認知症治療の突破口となるのでしょうか。期待されている効果、投与法、費用などについて、解説します。

認知症研究
アルツハイマー型認知症の治療を目指して、日夜研究が進められています

2023年6月14日に、参議院での可決をもって、認知症基本法(正式な法律名:共生社会の実現を推進するための認知症基本法、令和五年法律第六十五号)が成立しました。そして本日9月25日、アルツハイマー病の新薬として「レカネマブ」の製造販売が厚生労働省によって正式承認され、年内にも実用化される見通しとなりました。

認知症高齢者の数は600万人超、「認知症基本法」が成立

この法律は、わが国で進行する少子高齢化社会において、患者数が増加の一途をたどっている「認知症」の諸問題に対して国全体で取り組もうというものです。

現在すでに認知症高齢者の数は600万人を超えており、誰もが他人事では済まされません。なお、この法律は、まだ実際には運用されておらず、施行に向けて準備が進められているところです。
 

認知症とは病名ではなく症状。約半数は「アルツハイマー型認知症」によるもの

筆者自身は大学の研究室で、認知症の治療薬開発を目指す薬学研究に取り組んでいる研究者の1人です。認知症基本法がうまく機能することで、自分も含めて認知症の人が希望を持って暮らせる社会が実現できたらいいなと思いながら、専門家としてはなんとか治療法を確立して貢献したいと考えています。

多くの人が勘違いされているかもしれませんが、実は「認知症」という病気はありません。「認知症」とは、記憶力や認知力などの知的機能が持続的に低下している状態を指すのであって、病名ではありません(詳しくは、「認知症とは「病名ではなく症状」…定義をわかりやすく解説」をお読みください)。

そして、そのような状態をもたらしている具体的な病気は、何十種類もあります。認知症を改善するとは言っても、その原因となっている病気が何なのかを明らかにして、それに適した対応を取らなければなりませんから、簡単なことではありません。

現在の認知症患者のおよそ半数は、「アルツハイマー病」を原因としているケースと考えられ、
「アルツハイマー型認知症」と呼ばれています。アルツハイマー病を発症すると、脳の中で記憶の形成を担っている「海馬(かいば)」と呼ばれる部分を中心に病変が始まり、時間経過とともに脳全体に萎縮が進行していきます。

その原因についてはまだ十分に解明されていませんが、アルツハイマー病の脳に特徴的な病変の1つに、アミロイドβと呼ばれる特定のタンパク質がたくさんたまって凝集体を形成することが分かっています。このアミロイドβが原因でアルツハイマー病が起こるという考えが「アミロイド仮説」です(詳しくは「アミロイドβタンパクとは…アルツハイマー病の原因物質と考えられている理由」をお読みください)。
 

アルツハイマー型認知症の既存の治療薬は4種類

アルツハイマー型認知症の治療薬としては、これまでにドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンという4種類が認められ、記憶障害などの症状を一時的に軽減できるものとして使用されてきました。しかし、見かけの症状が少し良くなったように見えても、脳の中で進行する病変を食い止めることはできませんでしたから、根本的な治療にはなっていませんでした。

もし「アミロイド仮説」が正しければ、アミロイドβの作用を妨げたり、量を減らすことで、もっと根本的な治療が可能になるのではないかという期待から、これまでにたくさんの治療薬候補が作られ、数多くの人々の善意に支えられて治験が繰り返されてきましたが、なかなかうまくいきませんでした。研究者の中には「アミロイド仮説」そのものが誤りであると考える人もでてきました。しかし、そうした現状を打破する薬がついに登場したのです。

承認されたアルツハイマー型認知症の新治療薬「レカネマブ」とは

2023年8月21日、厚生労働省の専門部会は、日本のエーザイ社とアメリカのバイオジェン社が開発してきたアルツハイマー型認知症治療薬「レカネマブ」を承認してよいとの判断を下しました。そして本日9月25日、レカマネブは厚生労働省によって製造販売が正式承認され、年内にも実用化される見通しとなりました。

レカネマブは、アミロイドβに対する抗体医薬品の一つです。体内に投与されて脳に移行したレカネマブは、アミロイドβに結合して病変が引き起こされないように防いでくれるだけでなく、脳の中に分布している「ミクログリア」と呼ばれる細胞が抗体を見つけて集まってきて、抗体がついたアミロイドβを食べて分解してくれると考えられています。

また、レカネマブが見出される前から、アミロイドβに対する抗体は世界中で研究され、数々の臨床試験で有効性と安全性が検証されてきましたが、成功した例は1つもありませんでした。なぜレカネマブだけが成功したのかははっきりしていませんが、実はアミロイドβは単純に悪さをする物質ではなく、生体防御など私たちの体にとっても必要な役割も果たしている可能性があり、抗体を使って片付けてしまえばよいというわけではないようです(詳しくは「アミロイドβは「脳のゴミ」?この考え方が適切ではない理由」をお読みください)。

アミロイドβが持つ良い作用と悪い作用をちゃんと区別して、悪い作用だけを取りのけるような特徴がレカネマブには備えられているのではないかと考えられます(詳しくは「アルツハイマー型認知症の新しい治療薬…アデュカヌマブとレカネマブの違い」をお読みください)。

すでに提出されていた臨床試験のデータによると、レカネマブに認知症の進行を遅らせる効果があるのは確かなようですが、その効果はそれほど大きくないので、あまり過度の期待はしない方がよいかもしれません。しかし、これまでまったくなかった根本的な治療が可能になったわけですから、大きな一歩になると思います。

多くの人が気になる点は、
・いつから使えるようになるのか
・誰でも使えるのか
・入院しなければならないのか
・どれくらいお金がかかるのか
などでしょう。

通常、新薬は承認されたら原則60日以内に「薬価」(国が定める薬の公定価格)が決められるというルールがあるので、レカネマブの場合も、順調に進めば11月ごろまでには決まって発売され、年内に実際に使えるようになるものと思われます。

レカネマブはアミロイドβを狙った抗体医薬品ですので、脳にアミロイドβがたまっていることが確認された人だけにしか使う意味がありません。そのため、投与前の検査が求められるでしょう。具体的には、「アミロイドPET」と呼ばれる脳画像検査を受けることになりますが、問題はこの検査が行える医療機関が限られているということです。

しかも、すでに重度に進行した人にレカネマブを使っても効果は期待できません。重度の認知症では、脳の萎縮が起きてしまっており、原因物質のアミロイドβを取り除いても委縮した脳が元に戻るわけではないからです。あくまで、脳の萎縮がまだ起きていない初期段階でアミロイドβを取り除くことができれば、進行を防げるというだけです。ですから、アルツハイマー型認知症の人すべてが恩恵を受けられるわけではありません。

抗体はタンパク質なので、飲み薬としては使えません。飲んだ場合、消化液で分解されてしまい、まったく効かなくなるからです。ですので、2週間に1回病院に通って点滴注射を受ける必要があります。脳のむくみや出血などの副作用も報告されていますので、定期的な検査でチェックする必要もあります。大きな問題がなければ、入院の必要はないでしょう。

費用はまだ分かりません。ただ、日本に先立ってレカネマブを承認済みのアメリカでは、薬価が年2万6500ドル(約390万円)となりました。日本国内でも同じになるとすれば、3割自己負担でも毎月10万円かかることになりますので、安くはありません。

解決しなければならない問題はたくさんあるものの、レカネマブの登場は大きな前進と考えたいものです。これまでの治療薬開発は、数えきれないほどの患者とその家族の協力により進められてきました。そうした人々の善意が報われる日が訪れることを切に願います。

この記事の筆者:阿部 和穂
薬学博士・大学薬学部教授。脳科学と薬理学を専門とする研究者
東京大学薬学部卒業、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員、星薬科大学講師を経て、武蔵野大学薬学部教授。薬学博士。専門は脳科学と医薬。
 

Lineで送る Facebookでシェア
はてなブックマークに追加

編集部が選ぶおすすめ記事

注目の連載

  • 恵比寿始発「鉄道雑学ニュース」

    静岡の名所をぐるり。東海道新幹線と在来線で巡る、「富士山」絶景ビュースポットの旅

  • ヒナタカの雑食系映画論

    『グラディエーターII』が「理想的な続編」になった5つのポイントを解説。一方で批判の声も上がる理由

  • アラサーが考える恋愛とお金

    「友人はマイホーム。私は家賃8万円の狭い1K」仕事でも“板挟み”、友達の幸せを喜べないアラサーの闇

  • AIに負けない子の育て方

    「お得校」の中身に変化! 入り口偏差値と大学合格実績を比べるのはもう古い【最新中学受験事情】